暮らしと物価


目次
§1.  価格の決まり方
  1)  消費者の行動
  2)  企業の行動
§2.  例題で考える物価問題
  ★例題1:合成の誤謬と物価
  ★例題2:石油ショックと貯蓄率
  ★例題3:債券価格と利子率
  ★例題4:労働時間と物価
  ★例題5:地価と物価
  ★例題6:為替レートと物価


§1. 価格の決まり方 私達は、労働、貯蓄等から得られる所得(賃金、利子、配当など)で、い ろいろの財(米・味噌・醤油・家具など)やサービス(クリーニング・宅配・ 美容・理容など)を代価を支払って購入しています。また一方では、租税を 支払い政府から反対給付としていろいろのサービスを受けています。 ところで、物の価格はそれぞれの市場において決定されます。市場とは、 買い手と売り手が取引し需要と供給の関係を通して価格が決まるところをい います。財の価格は消費財市場において、賃金(労働の価格)は労働市場に おいて、利回りは資金市場において、為替レートは外国為替市場において需 要と供給に基づいて決定されます。ただし政府の供給するサービスは、その 特殊な性質から市場での取引になじまないものが多く、いわば疑似的な市場 (政治過程)において租税(価格)が決まっているといえましょう。このよ うに、私達の財・サービスの取引は価格を仲立ちとしており、また価格が需 給を調整しているといえるのです。               供給者      価格      需要者 �ががががががががががががががががががががががががががががががが�    消費財市場       企業    財・サービス     消費者                     の価格     労働市場      消費者      賃金       企業     株式市場   企業・消費者      株価   企業・消費者     資金市場   企業・消費者      金利   企業・消費者   外国為替市場       銀行   為替レート       銀行 �ががががががががががががががががががががががががががががががが� そこで、以下では、消費財の価格の決定に参加する消費者(買い手)と企 業(売り手)の行動を少し詳しく見てみることにしましょう。ただし、農家 のように農産物の売り手(供給者)であると同時に消費財の買い手(需要者) として市場に参加する場合もあります。 1) 消費者の行動 普段私達は何気なく買い物をしているようですが、財・サービスのどれと どれをどれだけ買うかを、価格と、財布の中身と選好に照らしあわせて決め ています。つまり基本的には、自分の満足(効用)が最も大きくなるように 購入する種類と量を決めているわけです。ここで選好とは、簡単にいえば、 どの程度好むかということです。 このことから、通常の消費財ですと、所得が増加すれば需要が増加し、価 格が上がれば需要は減少することになります。もちろん、それぞれの財で所 得あるいは価格の変化に対する反応の大きさは違います。主食や下着は、空 腹や裸でおれないことから、価格が少々上がっても購入量はそれほど減りま せん。これに対し、奢侈品(娯楽、高級衣料)の場合は価格の変化に対する 需要量の変化の程度は大きくなります。 ここで注意しておかなければならないのは、1つの消費財と他の消費財と の間になんらかの関係があるということです。自家用車とガソリン、背広と ネクタイ、紅茶とレモンのようにお互いが補完しあうもの(補完財)と、米 とパン、ビールと日本酒のようにお互いが代わりうるもの(代替財)とがあ るということです。また、価格の変化が2つの効果を同時に持つということ です。1つは、ある財の価格の上昇が財布の中身の価値を小さくするという 効果(所得効果)であり、需要量を減らします。他の1つは、他の財の価格 を相対的に安くするという効果(代替効果)であり、代替財の需要は増加し ます。 財の価格は、このようにお互いに複雑な関係を持ちながら、需要と供給に よって決定されています。 2) 企業の行動 企業活動は利潤を目的としていますから、利潤がなるべく大きくなるよう に生産物の数量と購入する原材料等の種類と数量を決めます。利潤は売上か ら費用を差し引いたものですから、利潤を大きくする方策には2つあること がわかります。ある費用をかけるとした場合、売上を出来るだけ増やすこと と、一定の売上が見込まれる場合に、費用をなるべく安くあげることです。 企業行動と価格の関係をより明確な形で示すために、企業の価格設定を 単位価格=単位原材料費+単位人件費+その他の単位費用 +単位当たりマージン =(単位原材料費+単位人件費)(1+マークアップ率) としましょう。 このことから財の供給価格は、原材料費、人件費、それにマージン率によ って決まることがわかります。費用の単位価格が上がれば上がるほど、また 企業が利潤を大きくしようとすればする程価格は上がる傾向を示します。も ちろん、実際に市場価格がどれ程上がるかは、景気の良し悪し、需要構造、 市場の状態等に依存します。
§2. 例題で考える物価問題  ------------------------------------------------------------------ ★例題1:合成の誤謬と物価 経済学の教科書に「合成の誤謬」という言葉がしばしば出てきます。こ れは、一人一人にとって良いことは全体から見ると良いことではないとい うことです。救急車の例をとりますと、救急車の価値は直ぐに来てくれる ところにありますが、一人一人がよく使いだしますと、逆に必要なときに 来てくれなくなります。 �� 賃上げの例をとりますと、1つ1つの企業に働く労働者にとっては 賃上げは望ましいことですが、全ての企業が一斉に賃上げし価格も引 き上げることになれば、労働者の懐具合は場合によっては賃上げする 前と同じということにもなります。コスト・プッシュ・インフレがこ の問題と関連します。 �� 1億総中流意識からくる一人一人の高級ブランド志向は、一人一人 にとっては満足すべきことですが、業者にしてみれば価格の高いもの から売れるということで、円高が進行しても販売価格を引下げようと はせず、消費者全体として見ると返って高い買い物をしていることに なるということです。内外価格差が縮まらない1つの要因にこの問題 があります。日本経済新聞「日本の物価」(1989年 9月30日付)  ------------------------------------------------------------------ ★例題2:石油ショックと貯蓄率 第一次石油ショックの物価急騰の折、所得に占める貯蓄の割合(貯蓄率) が経済全体としては上がりましたが、はたして全ての消費者が同じような 行動をとったでしょうか。 消費者の行動のところで述べましたように、価格の変化は所得効果と代 替効果の2つの効果を持ちます。物価の上昇は、名目利子率が一定の時、 実質利子率を引き下げます。簡単にいえば、利子率が下がるのと等しいと いうことです。2つの効果は、従って貯蓄の価値の目減りによる所得効果 と現在の消費への誘因である代替効果です。 高所得層では、代替効果が強く働き、貯蓄率が下がり、他の所得層では、 将来への不安から所得効果が強く働き、貯蓄率が上がりました。全体とし て貯蓄率が上がったというわけです。 消費者の消費行動は選好の違いや所得水準の違いによって異なりますの で、物価の変化の影響もそれぞれ異なります。  ------------------------------------------------------------------ ★例題3:債券価格と利子率  債券の価格はその需給が一致するところで決まりますが、債券の価格と  利子率の関係はどのようなものでしょう。また貨幣供給の増加は利子率を  下げるでしょうか。 �� 債券価格と利子率は、簡単にいえば逆比例の関係にあります。永久    に毎年A円の利払いを約束された債券は、利子率をrとすると、現在    いくらするかを考えてみて下さい。この場合の債券の現在価値は    A/rとなります。したがって、利子率が2倍になれば、債券価格は    1/2に低下します。 �� 貨幣供給の増加は、貨幣・債券の需要を一定とすると、貨幣市場で は超過供給となり、また債券市場では超過需要となりますから、債券 の価格が上昇し利子率は下落します。 補足:貨幣需要 財・サービスの取引は貨幣を媒介にして行なわれます。このことか ら貨幣は取引動機によって保有されるということがわかります。その 他に消費者・企業が貨幣を保有する動機としては、予備的動機と投機 的機があります。予備的動機とは、不時の必要に備えて貨幣を保有す るということです。投機的動機とは、債券や株の価格の動向によって は資本損失が生じることから、資本利得を得る一方で資本損失を回避 するために(債券や株ではなく)貨幣を保有するということです。取    引動機と備的動機に基づく貨幣需要は所得に依存し、投機的動機に基 づく貨幣需要は利子率に依存するということができます。  ------------------------------------------------------------------ ★例題4:労働時間と物価 労働時間の短縮が日本経済の緊急課題となっていますが、労働時間の短 縮と物価のかかわりをどのように捉えたらよいでしょう。また単純労働の 外国人労働者の受入れが企業側から要望されていますが、この問題と物価 とにはどのようなかかわりがあるのでしょう。 �� 労働時間の短縮の物価への影響は、労働時間の短縮が労働生産性を いかに高めるかに依存します。労働時間の短縮が進んでも生産性が高 まらなければ生産量が減少しますから、賃金も時間短縮とともに下落 するかあるいは上昇不可能ということになります。この場合、賃金の 引上げは労働コストの上昇を通じて物価に対しても上昇圧力を与える ことになります。 労働時間の短縮に伴なう労働生産性向上の試算が経済企画庁や労働 省でなされており、労働時間の短縮が労働生産性を高めるという結果 がでています。 �� 日本より所得水準が低い国の労働者を雇用する場合、日本人労働者 を雇用する場合よりも企業の人件費が削減され生産価格が低下します。 特に、貿易不可能な財・サービスの生産にかかわる単純労働の外国人 労働者の場合この効果が顕著です。また、単純労働の外国人労働者の 雇用によって、日本人労働者はより高度技術が必要とされる分野で就 労できますので、全体として生産性の向上が期待されます。しかし、 不況時には、日本人労働者との競合が生じ、また単純労働の外国人労 働者を解雇し本国へ送り返せば彼らの母国へ失業を輸出することにも なります。更に、彼らが日本に長期的に住み着いた場合、社会保障(    年金など)に要する負担も考慮する必要があります。  ------------------------------------------------------------------ ★例題5:地価と物価 地価(土地購入)は消費者物価指数には含まれず、家賃は含まれていま すがどうしてでしょう。また地価の高騰は物価にどのような影響を持つの でしょう。 �� 土地と消費財の相違は再生産可能かどうかということです。土地は 再生産不可能な財です。消費者物価指数は、消費財価格の全般的な変 動を表すための尺度ですから、土地を含みません。一方家賃は、再生 産可能な財(住宅)が生み出す賃貸サービス(消費支出)の購入価格 とみなし消費者物価指数に含まれています。 �� まず他の資産と異なる土地の特殊性をあげておきますと、完全に同 質のものはない、細分が困難、供給に時間がかかる、減価償却のない 資産、財産価値と利用価値を兼備しているということです。 地価の物価への影響は、主要なものとして4つの経路で考えること ができます。第1に、地価の高騰は人々の保有資産価値を高め、消費 を刺激し、物価を上昇させるという可能性です。     第2に、地価の高騰は資金借入の担保価値を高め、融資が増加し、    貨幣供給が増加し、物価を引上げる可能性です。     第3に、地価の高騰は家賃の上昇に結びつき物価を上昇させるとい    う可能性です。ただし、この可能性はあまりないといえます。     第4に、地価の高騰は、土地の有効利用を妨げ、また労働・貯蓄意    欲を阻害し、物価に悪影響をもたらす可能性です。 いずれの可能性が大きいかは、その時々の経済情勢に依存しますの で、確定的ではありませんが、過度の地価高騰が物価を引上げること    はまちがいないといえます。  ------------------------------------------------------------------ ★例題6:為替レートと物価 為替レートはどのように決まるのでしょう。また、為替レートの変動は 物価にどのように影響するのでしょう。 �� 貿易や資本取引の裏側にはおかねの流れがあります。二国の異なる 通貨の売買が外国為替取引であり、異なる通貨の売買は外国為替市場 で行なわれます。通貨の売買の結果として決まるのが為替レートです。 外為市場は、もっぱら電話を通して売買がなされること、24時間中、 世界のどこかで市場が開いていること、世界的規模の市場であること に特徴があります。為替レートについては、海外旅行をなさって、外 国の銀行や空港で日本円の旅行者用チェックをポンドとかドル、フラ ンに換えたことがある方はよくご存知だと思います。 �� 為替レートを決定する要因としては、購買力平価、国際収支、資産、 期待などがあげられます。学説の詳細は回答票をご覧下さい。最近流 行しているのは、資産選択の一環として収益率や金利の動きが各種資 産の移動を伴い為替レートを決定するという、資産アプローチです。 期待も為替レート決定の重要な要因ですが、期待がどのように形成さ れるのかについては多くは知られていないのが実情といえます。 これらの要因のどれを用いて為替レートを説明するかは、基本的に、 長期について考えるか短期について考えるかに依存します。したがっ て、説明が互に矛盾するというものではありません。 �� 為替レート変動の物価への影響は、円高の場合、以下のように要約 できます。
[参考文献] 手軽に日本経済の全体像をみるのには 宮崎 勇「日本経済図説」(岩波新書 1989) 経済学の入門書としては 伊藤元重「入門経済学」(日本評論社 1988) 証券・金融に関しては 蝋山昌一「証券・金融・ファイナンス」(日本経済新聞社 1987) 物価問題の全般については 経済企画庁「物価レポート」(各年版) 経済企画庁「くらしと物価」(家庭で学ぶ物価通信講座テキスト) 物価についてより詳しく勉強する際に役立つ参考書としては 経済企画庁「経済白書」(各年版) 経済企画庁「国民生活白書」(各年版) 地価問題に関しては 野口悠紀雄「土地の経済学」(日本経済新聞社 1989)

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