財政学入門(Introduction to Public Finance)
1995年度講義
対象:1年次生
公共サービスの生産(供給)と消費(負担)
1.政府が提供するサービスの性質
(1) 財・サービスの属性(非競合性と非排除性)
@非競合性(nonrivalness)
同時に多くの人が財・サービスの消費あるいは使用から便益を享受できる
という性質。追加的個人への供給の費用はゼロである。追加的個人への供給
費用がゼロであれば、その人には無償で利用させることが社会的に望ましい。
例: 国防、道路、公園
この場合、民間企業は利潤最大化行動をとることから、このような性質を有
する財・サービスは、民間では供給されないかもしくは過少供給になる。
A非排除性(nonexcludability)
対価を支払わない個人の財・サービスの消費もしくは使用を排除しようと
しても、技術的に困難かもしくは排除費用が高すぎて事実上排除できないと
いう性質。
この性質は外部性(externality)を特徴付けるのにも用いられる。外部性
とは、ある経済主体の経済活動が他の経済主体の効用や生産に、市場を経由
しないで、直接的に影響することと定義される。
この場合、対価を支払わなくても便益を享受できるから、誰も対価を支払
おうとしない。従って、このような性質を有する財・サービスは、民間で供
給される保証はない。また供給されたとしても、社会的には過少供給になる。
例: 国防、防疫、灯台、公園、一般道路
注意)衛星放送(WOWOW)、講義、映画などは、@を満たすがAは満たさない。
したがって、支払わない者を利用から排除でき、市場(民間)での生
産ないし供給が可能。
0% 非排除性 100%
0% 純粋民間財
非
競 混合財
合
性 純粋公共財
100%
公共財: 非排除性と非競合性を同時に有する財・サービス。
純粋公共財----国防、司法、一般行政、公共 土木とごく少い。
混合財(準公共財): 公共財と民間財の性質を併せ持った財
政府が提供しているほとんどの財・サービス
公園、道路、橋梁等
民間財: 民間企業が供給している財・サービス
(2) その他の観点
@消費者主権
マスグレイブ(R.A.Musgrave)は基本的に個人主義的アプローチをとっている
が、政府の公共財供給を全て消費者選好から説明することに無理があること
も認識し、価値財(merit goods)という概念を導入している。
価値財とは、消費者主権に介入し消費者の選好を矯正することが社会的に価
値があるとして政府が供給する財である。例えば政府が、麻薬を禁止したり、
中学校までを義務教育としているが、これは消費者の自由な選択の統制、
つまり消費者主権への介入を意味する。このような政府の現実の行動を説明
するためには、消費者主権に基づく個人主義的アプローチでは不十分であり、
価値財の概念がこれを補完する意味で有用といえる。
例: 義務教育、麻薬禁止、公営低家賃住宅、学校給食
A市場方式・非市場方式(C.S.Shoup 1969)
シャウプは、財・サービスの供給方法を重視している。
A)集団消費財:
市場を通じない生産方法および分配方法により、効率的に特定の地域の
特定の家計や企業に対し、一定量が与えられる財・サービス。無形のサ
ービスが大半。
・市場方式: 対価を支払う人に供給し支払わない人を排除する方式。
・非市場方式: 排除せず、全員に同時に供給する方式。
B)共同消費財:
追加的個人への供給の限界費用はゼロの財。
非競合性と同義。
B均等アクセスと選択的アクセス( K.D.Goldin 1977)
財・サービスの供給方法を問題にしている。ほとんどの財・サービスは2
通りの方法で供給される。
・均等アクセス(equal access)
全ての個人が無料でそのサービスを享受することを認める方式。
・C.Shoupの集団消費財は、排除の望ましくない財に対応。
選択的アクセス(selective access)
対価を支払わない個人を排除する方式。
2.公共サービスの生産(供給)と消費(費用負担)
(1) 公共サービスの生産と消費
@公的生産・公的消費
公的生産の理由
政治的理由----民間部門で生産され得ない社会財の供給
経済的理由----集合的生産の効率性(大量生産など)
公的消費の理由
社会正義 ----社会の秩序維持等
社会的外部性--効果が広く社会全体に及ぶ
価格効率 ----大量購入と大量消費
(例) 国防、司法、一般行政、義務教育、保健衛生
A民間生産・公的消費
民間生産の理由----民間生産の効率性
公的消費の理由----@のケースと同様
(例) 校医、清掃・ごみ収集、守衛サービス、等の外部委託
B公的生産・民間消費
公的生産の理由----@のケースと同様
民間消費の理由----サービスの準民間財の性質を有する
(例) 上下水道、公営住宅の使用料金、授業料(施設利用料)、
各種手数料
財・サービスは公的に生産ないし供給するが、サービスの利用者に直接負
担を求める。
(2) 公共サービスの負担配分
基本的に、公共サービスの費用負担は、享受するサービスの便益に対応すべ
きであるということができる。
判断基準 便益の及ぶ範囲
便益の可分性(競合性)
便益の及ぶ範囲 社会全体 部分集団 個人
便益の性格 不可分 可分
財源 一般税 目的税・利用者負担 私的負担
@ 公費負担----費用を租税(一般税)で賄う
(例) 防衛、司法、一般行政、公共土木などにおける一般的事務や事業。
A 公費負担----費用を集団構成員全員の支払う租税(目的税)で賄う。
(例) 一般道路、都市計画
B 公費負担+私的負担----費用を租税と利用者負担で賄う。
便益が利用者個人に帰属するサービスについては応分の費用負担を求める。
(例) 裁判費用、各種証明書手数料、授業料、水道料金
C 公費負担+私的負担----Bと対応
D 私的負担----費用を全て私的負担に求める
政府が提供するサービスのほとんどは@〜Cの範囲に入り、
Dは民間企業の供給する財・サービスと代替、競合関係に
ある場合に限られる。
例) 市営駐車場 市営駐車場は民間の駐車場と代替、競合関係にあるが、
一般には、施設そのものは都市再開発等との関連で、地方公共団体が
建設し、運営費用は料金で賄うといった方法がとられる。
(3) 公共サービスの生産(供給)主体
@ 政府(一般行政)
A 公的企業
B 民間部門
C 第3セクター(公私混合企業)
公共サービスの内容は以下のように分類される。
A: 施設の建設・整備・管理----施設水準の維持が重要、労働サービスは間接的
(例) 道路、公園、市民会館、体育館
B: 施設の運営・管理と労働サービスの提供----質的水準が重要
運営過程そのものが問題になる
(例) 学校、幼稚園、保育所
C: 労働サービスの提供が主体----施設(庁舎、施設)は副次的
(例) 警察、消防、窓口教務、ごみ収集
D: 現金・現物の給付----サービスは実物、現金の給付
(例) 学校給食、公営住宅、扶助費
サービスの供給主体
Aのケース: 施設そのものの建設は必ずしも公共部門である必要はない
整備も必ずしも公共部門である必要はない
維持管理も部分的に民間に委託可能
Bのケース: 施設の清掃、守衛等は民間委託可能
Cのケース: 純粋公共財に対応するサービスは公共部門で行うべき
警察、消防、一般行政
Dのケース: 学校給食:供給は民間部門で可能。負担は公費
公営住宅:住宅供給は、市でも民間でも可能。家賃の公費補助
3.民営化(privatization)
(1) 民営化の意味
公的生産から民間生産への移行
外部請負契約(contracting out) ---- 民間委託
公的消費から民間消費への移行
受益者負担化 ---- 租税で費用を調達する方式から利用者が個々に料金を支払
う方式に移行する。(いわゆる有料化)
公的生産・公的消費から民間生産・民間消費への移行
公的生産の縮小、公的生産の民間生産への代替
所有権(株式)の売却を含む完全民営化
(2) 民営化への流れ
ブランカート(C.Blankart 1987)による説明
@生産技術(production technology)
電力 ---- 風力、ソーラー発電など発電技術の進歩に伴って、現在の
電力会社の地域独占の根拠は次第に小さくなる。
A消費技術(consumption technology)
1) 点検財(inspection goods)
原材料、燃料、出版物 ---- 質の不確実性はほとんどない
2) 経験財(experience goods)
コンサルタント業務、天気予報 ---- 経験によって質の評価が決まる
3) 信託財(trust goods)
国防、一般行政、外交警察、消防、基本的な社会福祉など
---- どの段階においても民営化はない
・点検財の民営化から、経験財の民営化へと進むが、信託財の民営化はない。
・民営化の可能性は、経済社会の構造変化、環境変化(技術、情報)
に依存するといえる。
(3) 民営化の限界
規制や公企業の根拠は、市場の失敗、国家的観点から要請される政策の実施、
収益性が見込まれないが安定して供給すべきと考えられるサービスの供給、
市場の未成熟さ等にある。したがって、民営化をすべて同一線上に並べて論
ずることは不可能である。
一般的にいえることは、なんらかの規制やルールが必要になった段階に
おいて民営化が限界に達するということである。
参考文献
・講義で使用のテキスト
「財政学」(昼間主コース) ----- 隔年講義
能勢哲也『現代財政学』(有斐閣 1994)
「公共経済学」(夜間主コース) ---- 隔年講義
1995年度:谷口洋志『公共経済学』(創成社 1993)
1997年度:加藤・浜田『公共経済学の基礎』(有斐閣 1996)
1999年度:岸本哲也『公共経済学 新版』(有斐閣 1998)
・その他の参考書
柴田・柴田『公共経済学』(東洋経済新報社 1988)
野口悠紀雄『公共政策』(岩波書店 1984),第6章
能勢哲也『公共サービスの理論と政策』(日本経済新聞社 1980)
山本栄一『都市の財政負担』(有斐閣 1989)
Stiglitz,J.E.,Public Economics,薮下訳『公共経済学 上』(マグロウヒル 1988)