超音波とは一般的に,ヒトが聴取できる20,000 Hz (20 kHz)程度より高い周波数の「音」を指します.つまり,ヒトが聞くことを目的としない「音」です.ヒトに聞こえない代わりに波長が短いため,小さなものをセンシングすることに応用されています.医用イメージングにおいては,一般的に1,000,000 Hz (1 MHz)以上の超音波が使用されます.生体内での超音波伝搬速度が1,500 m/s程度のため,波長がミリメートルからサブミリメートル程度となり,そのような分解能でイメージングが可能です.乳腺や肝臓などの腫瘍の診断をはじめ様々な部位の診断に用いられており,また,X線を用いた画像診断法などと異なり「音」を利用していることから非侵襲的(無害)という点も大きな特徴です (胎児にも適用が許される数少ない画像診断法です).さらに,心機能検査などでは血流の情報が重要であり,腫瘍の良悪性診断においても血流の有無に加え組織の硬さ等の指標が有用であり,そのようないわゆる生体組織の機能を診断する手法も活発に研究開発が行われています.安全な超音波で,様々な生体情報を計測できれば,被験者に負担をかけず疾患の早期発見,予防につなげることができます.ここでは,本研究室で取り組んでいる超音波診断技術に関する研究開発についていくつか紹介します.
※高校生の皆さんへ: 夢ナビに参加しました(2021年7月).その際の動画等のリンクを載せておきますので,よろしければご覧ください.リンク
 超音波イメージングの高精度化・高速化
 High temporal and spatial resolution ultrasound imaging
 超音波断層法は,非侵襲的(体を傷つけず)に生体内の断層像を観察できる,現在の医療診断において欠かせない技術です.超音波断層法の空間分解能を向上させることにより,より小さな病変を発見することが可能となります.また,1秒間に数十枚の断層像を撮影可能な高い時間分解能は,X線CTやMRIと比較した場合の超音波診断の大きな強みであり,心臓など動的な器官の機能評価に役立っています.本研究グループでは,超音波音場制御や信号処理技術を駆使して超音波イメージングの空間分解能や時間分解能を向上させる研究を行っています.
 
top
従来の方法(左)と開発した高速イメージング法(右)により得られた画像評価用模擬生体の超音波断層像.従来法の秒間92枚に比べ,開発した手法では秒間2174枚の撮影が可能となっています.
Conventional (left) and high-frame-rate (right) images of phantom. In this example, a frame rate of 2174 Hz is achieved by high-frame-rate ultrasound.
 
top

従来の方法(左)と開発した高空間分解能化法(右)により得られた画像評価用模擬生体の超音波断層像.開発した手法は従来法の2倍程度高空間分解能化されています.
Conventional (left) and high resolution (right) images of phantom. Spatial resolution and image contrast are significantly improved by the proposed high resolution imaging method.
 
 深層学習の超音波イメージングへの応用
 Application of deep learning to ultrasound imaging
 深層学習は,画像の分類をはじめ様々な用途に応用され,高い性能を発揮しています.超音波診断の精度を向上させるためには,超音波断層像の空間分解能やコントラストなど,画質を向上させることが重要となります.本研究グループでは,深層学習を用いて超音波断層像の画質を向上させる手法に関する研究を行っています.
 
top
従来の超音波断層像(左)ではスペックルノイズと呼ばれる斑点状のノイズが生じます.深層学習を用いることにより得られた右図では,そのようなスペックルノイズが低減され,組織構造の視認性が向上しています.
A conventional ultrasonic image (left) is affected by speckle noise, which is undesirable fluctuations in blightness caused by interference among ultrasonic echoes. Deep learning can suppress such speckle noise and improves the visibility of tissue structures as shown in the figure on the right.
 生体組織の機能計測
 Functional imaging of tissue (viscoelasticity, contractility, etc.)
 超音波診断の精度を向上させるためには,断層像により形状を観察するだけでなく,粘弾性特性(硬さ)や運動機能などの生体機能を計測することが有用です.本研究グループでは,開発した高空間分解能イメージング法,高速イメージング法を用いて,生体組織の動きや変形量の計測を行い,粘弾性特性や運動機能を評価する手法に関する研究を行っています.
 
top
血管壁の超音波断層像(左上)に,開発した高精度変位(動き)計測法を適用することにより,血管内圧変化(心臓の拍動により血圧が上昇することに対応)により発生した数十ミクロン(数%)という微小な変形量を推定しています(左下).変形が大きい部位は軟らかく,変形が小さい部位は硬いことに対応するため,推定した変形量と内圧変化をもとに硬さ(弾性率)の断層像(右下)を得ることができます.右上の顕微鏡像と対応させると,弾性率断層像において非常に硬い部位(水色)の部分は,石灰化(骨と同じ成分)を起こした部分に対応しており,そのような部分がない部位は比較的軟らかいことが分かります.弾性率断層像は,顕微鏡像撮影のように組織を切り出さずに計測できるため,体を切らずに測定でき,その進行とともに血管壁の硬さが変化する動脈硬化症の診断に有用です.
Strain images of arterial walls can be obtained by the proposed accurate displacement estimation method (lower left). Elasticity images are also obtained by considering the change in internal pressure (lower right). Elasticity images reflect tissue compositions in the arterial walls (upper right).
 
top

超音波断層像を解析することにより,心臓の拍動に伴う血管壁の振動分布を計測することができます.この血管の脈動は脈波と呼ばれ,血管を数m/sと高速に伝搬します.開発した秒間数千枚の高速イメージング法を用いれば,高速に伝搬する脈波を,数mm程度の局所でイメージングすることが可能です.上図では,血管の心臓側から頭側にかけて,振動波形が徐々に時間的に遅れていくことが確認できます.
Pulse wave, which is produced by the beating heart, propagates along the artery at propagation speeds of several m/s. High-frame-rate ultrasound can visualize pulse wave propagation in a very regional arterial segment of about 10 mm.
 
 血流イメージング
 Blood flow imaging
 血流動態を非侵襲かつ簡便に測定できるのも,超音波診断の大きな利点です.本研究グループでは,毎秒数千枚の高速イメージング技術を駆使して,より高度な血流イメージング法の研究開発に取り組んでいます.従来の超音波血流計測法では,主にある特定の方向(超音波ビーム方向)の血流速度しか計測できませんでしたが,血球からの微弱な超音波散乱波(エコー)を高速で可視化し,その動きを捉えることで血球の本来の動きを測定することが可能になりました.
 
top
頸動脈分岐部の血流イメージング結果.毎秒3472枚の高速イメージングにより描出した血球からの超音波散乱波を描出したものをオレンジ色で示しています(左).オレンジ色の信号の動きを解析することにより,血流速度ベクトルを推定可能です(右).
High-frame-rate ultrasound can visualize blood flow in the artery. By tracking ultrasonic echoes from blood cells (colored based on hot scale), flow velocity vector can also be estimated.
 
top

心臓左心室内の血流をイメージングした結果.心臓拡張期に左心室に流入した血液が渦を巻いている様子が確認できます.従来観測することが困難であった複雑な心臓内血流動態も,高速イメージング法と高度な信号処理技術により非侵襲計測が可能となります.
Complex blood flow dynamics in the heart cavity, such as vortex in end diastole, can also be visualized by high-frame-rate ultrasound.
 生体内温度変化の非侵襲計測
 Noninvasive measurement of temperature change in biological tissues
 電磁波や磁気,高強度集束超音波(high-intensity focused ultrasound: HIFU)などによる癌のハイパーサーミア治療が行われています.適切な治療のためには,治療の際の生体組織の温度上昇を評価することが重要です.現在では,生体組織の熱的特性や治療器の特性などから温度上昇を予測して治療計画を立てることが主ですが,生体内部の温度を体を傷つけず非侵襲に計測できれば,より安全な治療を行えます.非侵襲な温度計測法としてMRIを用いた手法が検討されていますが,MRIは大がかりな装置であり,また,強力な磁場が必要となるため,治療器と同時に使用することが難しいなどの問題があります.本研究グループでは,生体内からの超音波散乱波の統計的性質を利用して,生体内部の温度変化を非侵襲的に計測する手法の研究開発を行っています.
 
top
通常の超音波断層像(一番左)は,模擬生体内からの超音波散乱波の振幅を表示したものです.超音波散乱波の統計的分布を表すパラメータをホットスケールで表示することにより,温度上昇に伴って統計パラメータが上昇していることが可視化されています.
A conventional ultrasonic image (leftmost figure) shows amplitudes of ultrasonic scattered echoes from a phantom. The increases in temperature in the phantom are visualized by displaying parameters describing the statistical distributions of echo amplitudes in a hot scale.


Copyright (C) 2015-2024 Laboratory of Medical Information Sensing. All Rights Reserved.
ホーム