筒内中間生成物直接サンプリング法を用いた圧縮自着火過程の検討

Investigation of Compression Ignition Process by Direct Sampling of Intermediate Species in Cylinder

葛西理晴(Masaharu KASSAI)

 

1. 緒言

 高効率かつクリーンな排気特性を持つ予混合圧縮自着火(HCCI)機関は,外的な着火機構を持たないため着火制御および,高負荷時の急速燃焼の抑制が課題となっている.HCCIは均一気相反応としての圧縮自着火が実現される系であり,炭化水素の自着火過程を詳細に検討することが重要となる.

 着火性の高い炭化水素における自着火は冷炎と熱炎の二段階から成り,冷炎での熱発生および,冷炎内での成分変化,過酸化水素(H2O2)などの中間生成物の蓄積が熱炎の発生時期に影響を及ぼすとされる[1].自着火を検討する上で,冷炎反応を支配する低温酸化反応の検討は不可欠である.

 当研究室における過去の研究では,ジメチルエーテル(DME)を燃料とし,冷炎のみ発生する条件における四重極型質量分析器を用いた排気分析から,アルデヒド等の中間生成物が冷炎進行を自己制御する役割を定量評価した[2].また,FT-IRを用いた排気分析によりDME燃焼におけるHCOOHHCOOCH3を定量した[3]

本研究では,DMEの低温酸化反応のメカニズムが他の炭化水素燃料にも応用可能であることを確かめるため,PRFPrimary Reference Fuel)を構成するノルマルヘプタン(n-heptane)を燃料とした場合について検討を行った.計測手法としては,本研究室で新たに開発された筒内直接サンプリング法[4]を用い,冷炎における燃料および中間生成物を時間分解計測した.

2. 実験方法および反応計算

2.1 測定原理

Fig.1にエンジン筒内におけるガス成分分類および時間分解能の概念図を示す.この様に,バルブ開弁時間に対し採取されるサンプリングガス成分は変化する.本研究においては,パルスバルブの開弁時間に対する成分濃度変化から差分をとることでCore Volumeのみのサンプリングを行ない,安定物質である窒素(N2)によって規格化し評価した.この開弁時間差分法により高い実効時間分解能を実現する.

Fig.1 Concept of pulse gas sampling from engine cylinder

 

2.2 実験方法

 圧縮着火式エンジン(排気量383cc,圧縮比8.0)を外部モーターにより駆動し,常時600rpmに保つ.燃料であるn-heptaneは予め噴射量検定を行ったインジェクタにより噴射量を調整し,当量比を決定した.筒内に装着した圧力センサとクランク軸に取り付けたロータリーエンコーダーによりクランク角度毎の指圧を計測した.

 本計測装置におけるサンプリングラインをFig.2に示す.

エンジンヘッドに取り付けたパルスバルブ(General valve009-0659-900)の開弁により吹き出すガス成分を,メカニカルブースターポンプによる連続差動排気を行うチャンバーを介して四重極型質量分析器(ANELVAM-400GA-DTS

に導入し検出した.クランク軸に取り付けたロータリーエンコーダーとパルスバルブドライバーの同期を取ることで,任意のクランク角度でパルスバルブを開弁できる.

 今回計測を行った化学種はn-heptane (m/e = 100)HCHO(m/e = 30)H2O2(m/e = 34)あり,n-heptaneについては冷炎発生前であるATDC-80degにおける計測値が投入燃料濃度であるとし,HCHOについては濃度既知のサンプルガスを用いて校正を行った.

 

Fig.2 Pulse Sampling Line

 

2.3 反応計算

実験結果の比較として実験で使用したエンジンと同様の体積変化を与え,CHEMKINWのICEngineを用いた断熱空間0次元の化学動力学計算を行った.反応モデルには, Curranらのn-heptane詳細反応機構[5]を用いた.

3. 実験結果と考察

3.1 開弁時間差分法の評価

 Fig.3に吸気温度410K,当量比0.35,冷炎のみ発生する条件において,ATDC+60degで開弁時間を0.51.5msと変化させた時のn-heptaneおよびHCHON2規格化信号強度の変化を示す.開弁時間を増やしていくと,燃料であるn-heptaneは減少し,中間生成物であるHCHOは増加していることが判る.これはサンプリング領域が壁面近傍の未反応領域から燃焼の中心部に移行したことを表している.各クランク角度における評価により,本研究の計測条件では開弁時間0.9msおよび1.5msでの差分を取ることとした.

Fig.3 n-heptane/N2 and HCHO/N2 Signal ratio as a function of valve open duration. Intake gas temperature=410K, Equivalence ratio = 0.35, ATDC+60deg.

 

3.2        時間分解計測

 Fig.4に吸気温度410K,当量比0.30,冷炎のみ発生する条件での圧力・熱発生プロファイルおよび,n-heptaneHCHOの時間分解計測結果を示す.反応計算が0次元であるのに対し実験は空間分布を持っているために差異はある

ものの,n-heptaneの消費とHCHOの生成プロファイルを取得することが出来た.

Fig.4 Profiles of Pressure and ROHR, Mole fraction of n-heptane and HCHO. Intake gas temperature=410K, Equivalence ratio = 0.35, ATDC+60deg.

 

 Fig.5に当量比を変化させた際のn-heptaneおよびHCHOの最終量を初期投入燃料濃度で規格化した結果を示す.吸気温度410Kにおける熱炎発生条件は計算,実験ともにおよそ当量比0.40であり,当量比が上がり熱炎条件に近づくほど,燃料消費率およびHCHO生成率は高くなっていることが判る.

Fig.5 Fraction relative to initial n-heptane concentration as a function of equivalence ratio. (a) n-heptane consumption, (b) HCHO. Intake gas temperature=410K.

 

3.3  H2O2計測

 H2O2計測においては,大気中に存在するO2の同位体である18O(m/e = 34)の影響を考慮する必要がある.冷炎によりH2O2は生成するが,18Oは一部消費されるため,O2および18Oのシグナル強度比および反応性がほぼ等しいとの仮定の下,同時計測したO2から求められた18Oの信号を差し引く処理を行った.その結果Fig.6に示すようなH2O2の増加プロファイルが得られた.

Fig.6 Profile of H2O2/N2 Signal ratio. Intake gas temperature  = 410K, Equivalenve ratio = 0.35.

 

4. 結論

 n-heptaneを燃料としたHCCI機関での冷炎について,筒内ガスを直接サンプリング計測し,定量を行った.反応計算との比較から次の結論を得た.

1. n-heptaneの低温酸化反応による,エンジン筒内でのn-heptaneの消費とHCHOH2O2の生成を時間分解計測することができた.

2. 当量比に対する燃料消費率およびHCHOの生成割合の変化は計算と概ね一致し,定量性がある.

3. 酸素同位体を考慮することによりH2O2の増加プロファイルを取得できた.

 

参考文献

[1]Westbrook C. K., Proc. Combust. Inst., 28, 1563 (2000).

[2]Yamada, H. et al., Combust. Flame, 140,24 (2005).

[3]大友ら,第43回燃焼シンポジウム講演集,(2005)228

[4]吉井ら,第42回燃焼シンポジウム講演集,(2004)289

[5]H.J.Curran et al., Combust. Flame, 114,149 (1998).