蛍光寿命補正を施したLIF法によるHCCI機関内成分濃度評価

Concentration Measurement in HCCI with Fluorescence-Lifetime Correction of Laser Induced Fluorescence

山口 剛弘(Takehiro YAMAGUCHI)

 

1. 緒言

予混合圧縮自着火(Homogeneous Charge Compression Ignition, HCCI)機関における着火時期制御を初めとし,炭化水素燃料の自着火過程を詳しく捉えることが重要となっている.熱炎に先立つ冷炎は燃料の個性が反映する部分酸化であり,そこでの中間生成物の挙動を知ることは有効である.中でもホルムアルデヒド(Formaldehyde, HCHO)は,生成及び消費が燃焼反応における低温酸化反応の連鎖進行を抑制する,重要な中間生成物であると提唱されている[1]

HCHOは,レーザ誘起蛍光(Laser Induced Fluorescence, LIF)法により非接触で検知可能である.我々はこれまでに,ジメチルエーテル(Dimethyl Ether, DME)を燃料としたHCCI機関においてエンジン筒内のLIFを取得した[2].しかし,HCHOの蛍光寿命は特異的に非線形な圧力依存を示すため,その蛍光の補正法には検討の余地があった.そのため,LIF法を内燃機関のHCHO濃度計測に応用するために任意の温度,圧力,組成におけるHCHOの蛍光寿命予測が可能なモデルを提案した[3]

しかし,雰囲気ガスとしてH2Oの蛍光減衰係数については不明であったため,本研究では,新たにH2Oの蛍光減衰効果を評価し,上記のモデルを内燃機関でのLIF計測に適用し,信号強度を適切に補正することで,エンジン筒内における成分濃度計測手法の改善を行った.

2. 感度補正

LIFで観測される蛍光強度Sは次のような依存性を持つ.

                                        (1)

Nが測定対象の分子密度である.G は分子の励起状態への遷移率で,レーザ光強度と実効的な吸光係数に依存し,光源と分子の線幅の関数でもある.fBは被測定準位における占有数のBoltzmann分布係数,t は蛍光寿命を表す.いずれも圧力・温度により変化する量であり,エンジン内濃度計測のためにはそれらの影響について補正する必要がある.特に分子衝突による消光過程が関与する蛍光寿命は,組成にも強く依存することと,後述するホルムアルデヒドの特殊性により,ここでは最も重要である.蛍光寿命は実測することができるが,内燃機関の上死点付近での高温・高圧雰囲気では寿命が汎用パルスレーザのパルス時間幅(≒10ns)以下となるため測定できず,妥当なモデル計算により予測を行う必要がある.

そこで,山崎らは新たなモデル(Two-Step Decay Model)を提案した[3].本モデルでは,励起HCHO分子のその後の遷移過程として,蛍光,前期解離,および消光に加えて非常に速い解離過程を有する高振動状態への可逆的な遷移を仮定し(図1),式(2)を得た.モデル式に含まれる各パラメータは,後述の光学セルを用いた実験により,衝突分子毎,雰囲気温度毎に決定した.

           (2)

 

Fig.1  A conceptual scheme of “Two-Step Decay Model”.

 

3. H2Oの蛍光減衰速度の測定

ステンレス製十字管(200×200 mm)光学セルの片方の光軸にレーザ光を入射し,直交する光軸上の窓からHCHOの蛍光のタイムプロファイルを取得した.レーザ透過窓,および蛍光観測窓はそれぞれ直径10mm20mmの合成石英製の窓である.サンプルとして使用したHCHOはパラホルムアルデヒド(Wako94.0%)を熱分解することで合成した.観測部での温度は壁面からの加熱により任意に設定可能で,これを熱電対で測定した.また,H2Oの凝縮を防ぐため窓部と配管をヒータで加熱した。

LIF計測の励起パルス光源として,エキシマレーザ(Lambda Physik, LPX102i)励起の色素レーザ(Lambda Physik, LPD3002)を用いた.350nm付近の波長を色素レーザに発振させるため,p-TerphenylDMQの混合色素溶液を用いた.HCHOの濃度計測には352.4nm付近にピークを示すA-X 410振動遷移のRR3回転バンド(J= 6, DJ = +1, K= 3, DK = +1)を励起した.蛍光は,ロングパスフィルタ(HoyaL37),およびUVバンドフィルタ(HoyaU330)を通して迷光を遮断し,レンズで集光して光電子増倍管(HamamatsuR4220-P)を用いて検出し,入力インピーダンス50 Wの元でオシロスコープで積算した.また,セル通過後のレーザ光軸上に設置したフォトダイオード(HamamatsuS1336-18BQ)を用いてレーザ発振毎の相対強度を計測した.

HCHOの衝突種N2O2H2Oに対する蛍光減衰速度(蛍光寿命の逆数)の実測結果を図2に示す.実験結果から温度毎フィッティングして各パラメータを決定した.そのArrhenius plotを図3に示す.この図からkakqは直線状に並び,正の活性化エネルギを持つことがわかる.これに対し,kbの温度依存性が極めて小さいことは,本モデルにおいてA-stateよりも高振動状態A*-stateへの分子衝突による可逆的な遷移を仮定したことと整合性を持つ.kflkpHCHO固有の値とし,温度によらないとした.

実験結果より,H2Oの蛍光減衰効果はO2よりも大きく,特に高温領域において非常に大きくなることが分かった.

Fig.2  Fluorescence decay rate of formaldehyde as a function of bath gas pressure at 400K.

Fig.3  Arrhenius plot of the model parameters.

 

4. HCCI機関への適用

単気筒サイドバルブ型4ストロークエンジン(富士重工業,EY15-B:排気量143.4cc)をベースとし,自作のエンジンヘッドを用い,レーザ入射窓と蛍光取得窓を設置した.改造後の圧縮比は6.84である.燃料として,DMEを供給した.クランク角度と同期してエンジン上部に設けた窓からレーザパルスを筒内に照射し,蛍光を取得した.LIF計測の励起パルス光源,および迷光遮断のためのフィルタは,H2Oの蛍光減衰効果を求めた装置と同様である.蛍光は,レンズで集光して光電子増倍管(Hamamatsu, H5783-56)を用いて検出し,Boxcarで積算した.また,燃焼室通過後のレーザ光軸上に設置したフォトダイオード(HamamatsuS1336-18BQ)を用いてレーザ発振毎の蛍光の相対強度を計測した.エンジンクランクを電気モータにより外部駆動することで燃焼の状態に関わらず一定の回転数での運転を保った.また,自着火に十分な温度場を生成するため吸気をヒータで加熱した.

5. 補正後濃度

蛍光寿命の補正を厳密に行うには燃焼過程で現れる全ての化学種を想定しモデル式に含まれるパラメータを決定すべきだが,本研究では,筒内最大成分のN2,筒内濃度がN2に次いで大きく,消光速度定数が大きいO2,燃焼過程における最終生成物であり,蛍光減衰効果が非常に大きいH2Oのみを考慮した.

4に冷炎のみ発生した場合の,LIF強度からHCHOの濃度を求めたプロファイルを,Curranの詳細反応機構[4]を用いた計算結果と熱発生率で比較した筒内成分濃度から求めた蛍光寿命とともにに示す.H2Oの減衰効果も考慮に入れた場合,実測した蛍光寿命を正しく予測することができた.HCHOは,冷炎のみが発生する場合,冷炎終了後排気まで一定濃度に保たれると考えられるが,補正後のプロファイルはその様子を示すことができた.

Fig.4  (a) Profiles of pressure and temperature and ROHR. (b) Experimental lifetime of HCHO and calculated lifetime with or without H2O quenching effect. (c) Profiles of HCHO LIF intensity, and the corrected relative concentration of HCHO.

 

参考文献

1. H.Yamada et al., Proc.Combust.Inst. 30: 2773 (2005)

2. H.Yamada et al., Combust.Flame. 140: 24 (2005)

3. H.Yamasaki et al., Appl.Phys.B 80: 791 (2005)

4. H.J.Curran et al., Int.J.Chem.Kinet. 32: 741 (2000)