DMEの過濃予混合火炎の構造に対する低温酸化反応の効果

Effect of Low-Temperature Oxidation on the Structure of Rich Premix DME Flame

宮澤 啓太郎(Keitaro  MIYAZAWA)

 

1.       緒言

予混合圧縮着火機関における着火時期制御,火花着火式エンジンにおけるノッキングの抑制に関連して,低温酸化反応が近年注目されている.炭化水素燃料では低温酸化反応を含む詳細反応機構が構築され,着火過程の数値計算が可能となっている.これら反応機構は,急速圧縮機,衝撃波管,Jet Stirred Reactor等の実験データを再現する様に調節されたものであるが,より幅広い条件,異なる測定項目の実験により検証され,改良されることが望ましい.

 層流平面バーナ火炎は通常大気圧下ではmm程度のスケールでバーナ吹出し口に密着する火炎となるが,過濃条件ではcmのオーダーの浮き上がり高さと火炎厚さを持つ特異な火炎が定常的に生成できる.特に低温酸化過程を持つ燃料で生成が容易であり,冷炎と青炎と呼ぶ二段構造の火炎となる.この現象は古くはPowling[1]によって研究され,最近では野勢ら[2]がジエチルエーテルの二段火炎を定常的に生成し,温度分布測定や化学種サンプリングを行っている.しかしながら,詳細な反応機構を用いた数値計算などは行われておらず,この特殊な燃焼の成立機構は確立したとは言えない.

 本研究ではDME(ジメエチルエーテル)を用いて過濃予混合火炎を実験的に形成し,数値計算を交えてその成立機構を解明することを目的とした検討を行った.DMEを用いた実験はこれまで行われていないが,低温酸化機構を顕著に持つことが知られており,ジエチルエーテルと同様に二段の低温度炎が形成されると予想した.また,定評のある詳細反応モデルが存在することから,本研究の目的にとって最適の対象であると考えた.

 

2.       実験方法

野勢らの実験を参考にして本研究で作成した予混合層流火炎バーナをFig.1に示す.DMEと乾燥空気はマスフロコントローラを用いて流量を調節しバーナに導入される.その際,予混合ガスはビーズを充填したシリンダー内で十分混合される.気体はハニカムヒーターで予熱され,焼結金属で流量を均一化し,さらにハニカムを通ることで整流され燃焼室に導入される(噴出口径50mm).火炎は円筒ガラスセル(内径100mm)内で保持される.火炎面の変動を抑えるためガラスセル天井に金網を設置した.過濃燃焼の際には金網上に周辺空気との拡散火炎を形成して残留燃料分を処理する.流れ方向の温度分布測定は素線径100μmK型熱電対を用い,ガラス円筒中心軸上で計測した.熱電対に対する輻射による温度損失の補正は行っていない.

 

 

 

Fig. 1 Schematic of experimental apparatus and photograph of DME flame

 

3.       数値計算

 詳細反応機構はCurranらが提案したモデル[3]を用い,火炎のシミュレーションには,CHEMKINUのFlame,及びCHEMKINWのPremixを使用した.これらは断熱一次元層流火炎計算について,輸送方程式とエネルギー保存則を詳細化学反応メカニズムと連立して定常境界値問題を解くコードである.計算モードには自由伝播火炎とバーナ火炎があるが,過濃予混合層流火炎に対しては自由伝播火炎の計算モードを使用した.これは本火炎では浮き上がりが大きく,火炎断面積が吹出し口面積ではなくガラスセルの断面積として形成され,バーナ口への熱移動はほとんどないと考えられるためである.また,圧力は1気圧一定とした.

 

4.       結果と考察

予混合ガスの流量は当量比4.0で火炎が最も低位置である吹出し口から64mmの高さで安定する220 cc/sとし,吹出し部の温度は460Kとした.Fig.2に当量比=4.0, 4.5, 5.0の条件において測定された温度分布と,Flameの計算結果で得られた温度分布を示す.過濃予混合層流火炎バーナで保持された火炎とFlameによる自由伝播火炎ではx軸方向の基準点が本質的に異なるため,温度の立ち上がる点をx軸方向に合わせている.計算はヒートロスが無いので,火炎前後の温度勾配は実測と異なる.火炎終端の温度が一致する様に計算上の初期温度勾配を定めると390Kとなった.全ての当量比に対して,温度プロファイル及び火炎幅に関して測定値とFlameによる計算値が良く一致している.燃焼速度については,当量比4.0Flameの計算結果では3.63cm/sであった.実験結果に対してはガラスセル内径平均の流速を390Kに換算すると4.0cm/sとなり自由伝播火炎と近い値となった.野勢らはジエチルエーテルとノルマルヘプタンを燃料として二段階の発光をもつ火炎が生成できることを確認している.本実験装置でもジエチルエーテルでは二段階発光が確認できたが,DME火炎では発光は一段しか見られない.その発光帯は温度上昇の中間点付近,Fig.2では約0.7cmの位置にある.計算の温度プロファイルは緩い肩状であるが二段構造を有しており,実測にも現れている様に見えるが明確ではない.化学種濃度プロファイルによって確認していくことが今後の課題である.

 

 

Fig. 2 Measured and calculated temperature profiles of DME flat flames.

 

Fig.3に火炎幅と燃焼速度についてDMEFlame計算結果と実験結果の比較を示す.低温酸化反応の効果を検討するため,低温酸化機構を持たないメタンのFlame計算を行い,その結果を合わせて示す.メタンの反応機構にはGRI-Mech 3.0を用いた.火炎幅の算出には燃焼前後で漸近線を引き,その温度範囲の両側から10%取り除いた区間を火炎幅として算出した.燃焼速度の算出は,いずれの計算も吹出し部の温度を390Kとして計算し,その吹出し部での未燃ガス流速を燃焼速度とした.

DMEについての計算結果では,当量比増加と共に燃焼速度は低下し,火炎幅は増大していくが,その変化率は当量比3以上で緩やかとなり,5以上でも火炎は形成される.実測値のある当量比3.5–5の範囲で燃焼速度は計算値と概ね一致している.一方メタンの計算値は同当量比のDMEよりも燃焼速度は遅く,火炎幅は広い.当量比2.3まではDMEの結果を約0.5低当量比側へシフトした様に推移し,当量比2.3以上では計算を収束させることが難しく,ここ

でほぼ燃焼限界と考えられる.

これらのことから低当量比側ではDMEとメタンに共通して高温燃焼の機構が支配し,DMEのみが燃焼する高当量比では低温酸化が支配しているのではないかという予測が立てられる.

 

Fig. 3 Burning velocity(Vb) and flame zone thickness(tf) of DME and methane flames (φ=1.2-5.0).

 

 

Fig. 4は層流予混合火炎の簡易理論である熱理論を発展させて得られた温度プロファイルを,初期温度の変化で示したグラフである.一次元の火炎の理論式は,

 

               (1)

 

である.熱伝導と燃焼発熱のバランスの結果,定常火炎が形成され,発熱量qと反応速度定数k(T)を与えると,入口及び出口温度を境界条件とした固有解としての温度分布と固有解としての燃焼速度Suが得られる.

ここで反応速度定数k(T)として,良く用いられる一段アレニウス式を修正して,700-900 Kで低温ほど速度が増す負温度特性を持たせたモデル関数を採用した.その結果入口温度を選べばFig. 4に示すように二段温度上昇を再現することができた.

負温度特性を弱めると,二段構造も弱い肩だけのものとなった.二段階火炎形成が確認されているノルマルヘプタンでは着火遅れ時間で温度に対し顕著な負温度特性を持つのに対し,DMEでは弱い負温度特性を持つことが知られている.このことと上記計算結果とは傾向が一致している.

 

Fig. 4 Temperature profiles of 1-D premix flame numerical integration at various initial temperatures

 

5.       まとめ

DMEを燃料として過濃予混合の平面火炎形成の実験を行い,燃焼速度と火炎幅,それらの当量比依存に関して,詳細反応機構を連立した一次元火炎構造計算で対応する結果を得られた.高い当量比ほど低温燃焼機構に含まれる素反応の重要性が高くなることが確認できた.二段火炎構造の存在が示唆されたものの,より高精度の温度分布測定や化学種成分分析を行うことでより細かく調べていく必要がある.

 

参考文献

[1]J.Powling, Fuel, 28(1949)25-28.

[2]野勢ら, 機論(B編)64627(1998)341-347.

[3]H.J. Curran et al., Int. J. Chem. Kinet. 32(2000), 741-759.