日本南極地域観測隊に参加して

 南極大陸は、南極条約により平和目的の科学活動のみが許され、国際的な共同観測・研究の場になっている。現在18ヶ国が42の基地において南極域での通年観測を行っている。日本は、1957年に国際地球観測年という国際共同観測プロジェクトに参加し、大陸縁から約5��離れた東オングル島に昭和基地を開設した。それ以来、観測・研究活動は一時中断を挟みながらも国家事業として継続し、今越冬中(1998年現在)の日本南極地域観測隊で第39次隊になる。 私は、越冬隊員として第35次隊(1993年11月〜1995年3月)に参加した。研究テーマは、南極大陸と他大陸の過去の位置関係を解明することである。地球上の諸大陸は離散・集合を繰り返してきた。この大陸分布の変動は、地球内部の活動に起因し、地球表面上に環境変動をもたらす。地球の変動システムを理解する上で大陸分布の変動史の解明は重要なテーマである。南極大陸は、ロス海・ウェッデル海を結ぶくびれた部分から東経側を東南極、西経側を西南極とよぶ。昭和基地が位置する東南極は約5億から30数億年前の岩石からなる古い大陸である。今は南の果てに孤立している南極大陸も、約2億年前にはその周辺に分布する大陸とともに一つの超大陸(ゴンドワナ大陸)を形成していた。この超大陸が形成されたのは約五億年前で、約7億年前にはゴンドワナを形成していた諸大陸は異なる分布で別の超大陸を形成していたと考えられている。しかしここまで古くなるといまだデータは乏しい。


 大陸の過去の位置関係を解明するために、私は岩石の持つ様々な情報のなかから古地磁気学的情報を用いている。古地磁気学とは、岩石が持つ磁化を対象とする学問分野である。岩石は極めて微弱ながら磁化を持つ。その磁化は岩石の形成時以来それに作用してきた地球磁場の影響により獲得したものである。岩石は形成時以来被った変動により様々な磁化を持つことになるが、その中には形成時に獲得した初生的成分が残っている場合がある。この初生的磁化成分の方向が過去の大陸分布を知る上で重要な情報を与えてくれる。
 この研究のために広範囲から岩石試料を集める必要があった。そこで、夏期および越冬期間中、昭和基地周辺の沿岸地域や基地から内陸に約300��離れたやまと山脈などの露岩域で合計約13週間の野外調査を行った。真冬の南極で岩石採取ができるのか、とよく聞かれるが、露岩域は年中露出している。雪が積っても風で吹き飛ばされてしまうのだ。ただ、露岩域は南極大陸の約3%にすぎない。残りは氷に覆われている。我々はわずかな氷床のほころびから南極大陸の素性を探っている。


 夏期の野外調査は、砕氷船しらせが搭載しているヘリコプターを使い、調査地を転々としながら行われる。機動的で広範囲の調査が可能である反面、天候と船の航行スケジュールに左右される。このため本格的なフィールドシーズンは、海氷が凍結し安定している越冬期間になる。大陸縁の露岩域の調査には雪上車を使う。調査用具、食糧、燃料を積んだ橇と食事及び宿泊用の小屋をのせた橇を雪上車で曳いて海氷上を移動し調査地に行く。初めは恐る恐る雪上車を走らせているものの、そのうちに海氷上にいることなど忘れてしまう。それでも、夜には海氷の軋む音、氷河から氷塊が落ちる音が聞こえ、海氷は動いていることを認識する。また、幾度となく氷の割れ目から海をみることになり、海上であることを思い知らされ肝を冷やした。内陸のやまと山脈の調査には今回飛行機を使用した。大陸氷床上の裸氷域を滑走路に使い、人員四名と最低限に抑えた物資を空輸した。調査地での移動手段は徒歩だ。滑走路地をベースキャンプにし、前進基地を2ヶ所設け調査を行ったが、必要物資は幅60�D垢�3mの橇二台に積み、我々が犬橇の犬となり曳いていったのである。


 野外活動中の気温は8月下旬の最も寒い時期にはマイナス40度近くまで冷え込んだものの、概ね-5℃から-20℃といったところであった。このぐらいならば日差しさえあればそれなりの装備をしていることや慣れもありさほど寒くはなかった。厄介なのは風である。秒速10m程の風は度々吹いた。それで体感気温は10℃下がるという。風に雪が混じるととたんに視程が下がる。こうなると野外活動は中止し、停滞となる。ブリザードともなれば2-3日は停滞、ただただ過ぎ去るのを待つだけだ。もうひとつ極地特有の天候としてホワイトアウトというものがある。白色の世界では薄曇りなり陰影がなくなると雪面や海氷上の凹凸がわからなくなってしまうのだ。これでは海氷上を目視で進むことはできず、このため風がなく穏やかで薄曇りの日までが停滞となる。気象情報は基地との定時交信などにより気象担当者から連絡が入る。その情報と現場での観天望気により天候の変化を読みながら野外活動をする。野外にでる機会が多かったが事故無く過ごせたのは、慎重に行動するように努めた結果でもあるが、単に運がよかっただけだとも思う。危険な状況のすぐ傍らを知らぬままに通りすぎてきたのかもしれない。野外調査はほぼ当初の計画通りに進み、多くの岩石試料を採取することができた。いまもなおその処理に追われている。今のところ得られたデータからは南極大陸の約5億年前、また約10億年前の姿がおぼろげながら見えそうである。


 日本は現在昭和基地とそこから約1000��大陸内入ったドームふじ基地で越冬し、観測・研究活動を行っている。ドームふじ基地は-80℃近くまで冷え込むという。このようなところで観測・研究をするには、まず暮していけることが大前提である。第35次隊は総勢56名中、観測研究関係32名、設営関係24名の構成であった。越冬した40名のうち半数は設営関係であった。設営とは、建築、機械、通信、医療、調理など極域での暮しを支える部門である。それぞれの専門技術者が集まり、夏期は基地改修、越冬期間は基地運営のために必要な諸作業を担当している。この設営の人をチーフとして研究者も基地維持のための諸作業にあたる。この体制が極地での暮しを支えている。野外に多く出たので、昭和基地は極めて快適で安心できる場所に感じた。設備が年々よくなってきたとはいえ、その状態を支えるのは結局人力である。また、越冬生活では「暮す」ことに関わる諸事が極めて身近に感じられた。発電し、水をつくり、暖房をする。飯をつくり、出した物の始末をする。これらの作業をする人の顔が見えていて、自分もその作業に関わる。この体験が私にはもっとも有意義であったと今思う。