研究紹介
Last modified: April, 2025
ブラックホールはとてもまれで、何でも吸い込むだけの役立たず ---
これが一般的な印象かもしれません。しかし、様々な研究から、
ほぼ全ての銀河は怪物(モンスター)を宿している事がわかってきました。
銀河の中心に鎮座し、太陽質量の約10万倍から何十億倍もの質量を持つ
巨大ブラックホールです。
巨大ブラックホールは、ついに直接撮像され2019年に話題を呼んだように、
それ自身が興味深い天体であるだけでなく、
銀河の成長・進化をコントロールするなど宇宙の歴史に大きな役割を
果たしてきたこともわかってきました。
また、ブラックホール周辺では、超高エネルギー現象や超強重力場
など、たとえ巨額の資金を投入したとしても地球中では再現が難しい現象が
頻繁に起こり、
我々人類の物理学の知見を試す"天然の実験室"でもあります。
これら巨大ブラックホールに
大量のガスが落ちると、太陽系程度の大きさの領域から銀河全体
を上回るエネルギーを約1億年ぐらいにわたって放射します。
幸か不幸か、我々が住む天の川銀河中心のブラックホールにはガスがほ
とんど落ちていないのでこれほど強力には光っていません。
銀河に比べて極めて小さい領域から莫大なエネルギーを出している。
しかも、
太陽の10倍前後の質量を持つブラックホール("恒星質量ブラックホール")
と対照的に、
どうやってできたのかすらまだ理解できていない。
このわくわくする天体についてこれまで行ってきた研究を、以下にいくつか紹介します。
[1] 成長中の巨大ブラックホールの発見
(1) 巨大ブラックホールの急成長
各銀河の中心にもれなく存在しありふれた存在であるものの、
巨大ブラックホールがどうやって作られたのか、成長過程や種などは、
明らかになっていませんでした。
そこで、種となる比較的軽めのブラックホールへ周辺のガスが
大量に落ち込むことで質量が急増加する過程に着目しました。
ブラックホールへ向けてガスが落ちる(降着
する)際、角運動量(遠心力)によりガスは円盤状
に形成され、降着円盤や降着流と呼ばれます。
この流れ落ちていくガスの量(降着率)が
極端に大きい時(超臨界状態)にのみ顕著
になる物理過程[電子(コンプトン)散乱・相対論的効果・ガス自己重力]が
在ることを発見し、それらを取り入れた広波長域放射スペクトルを
計算しました(Kawaguchi 2003)。
この理論研究は、その後、詳細な観測データとの比較を通し、
大降着率を持つ銀河中心部の可視光−X線放射の
再現に成功しました(Kawaguchi et al. 2004a; 右図)。
さらに、スペクトルフィットから得られたガス降着率と、
同種天体の数密度を基に推定した大降着率持続期間の長さから、
その期間中のブラックホール質量増加は数桁以上であると
世界で初めて質量増加量を定量的に導きました(Kawaguchi et al. 2004b)。
(2) 中間質量ブラックホールの探査
このスペクトルモデルには、亜臨界から超臨界降着率まで幅広く
計算されているという他の理論研究には無い特徴もあり、2006年以降、
NASAのホーム
ページで世界中の人が利用できる様に公開されています 。
この利点を生かし、質量がわからず、ガス降着が亜臨界か超臨界か
不明な天体の放射スペクトルへ適用し、中間質量ブラックホールを
探査する一連の研究にも使用されてきました。
様々な候補天体に適用した結果、ついに、
極高光度X線源(Hyper-Luminous X-ray source)と呼ばれる
天体が約2万太陽質量のブラックホールを持つことを
突き止めました(Godet, Pazolles, Kawaguchi et al. 2012)。
この天体は、恒星程度の質量を持つブラックホール
と巨大ブラックホールの間をつなぐ存在(ミッシングリンク)、すなわち
巨大ブラックホールの種の候補天体として注目を集めています。
[2] 時間変動の数理解析から探るブラックホールへのガスの流れ
銀河中心にある巨大ブラックホール周辺の明るさ
の時間変動は
その起源に謎が多く残り、
2つの対立するモデル、
ガス降着流内のエネルギー解放説と超新星爆発による
スターバースト説、が存在しました。
そこで、光度変動をセルオートマトンモデルを用いて計算し(右図に模式図)、
自己相関関数(Structure Function)を用いて解析した結果、
前者が観測を良く説明することを初めて明らかにしました(Kawaguchi et al. 1998)。
さらに、ブラックホール
降着流の3次元磁気数値実験結果のフラクタル解析から、
確かに磁場による
エネルギー蓄積とその間欠的解放が、光度変動を引き起こす事を発見
しました(Kawaguchi et al. 2000)。
[3] 巨大ブラックホールへのガス供給体の構造解明
巨大ブラックホールの成長(質量増加・巨大化)は、
ブラックホールへ向けてガスを供給する
構造体(ダストトーラス)がガスの「ため池」と
しての機能を果たし
コントロールされています(右図)。
しかし、
トーラスの内側の半径(内縁半径)は、
明るさのモニター観測などにより
理論予想値の約1/3しかないことがわかり、長く謎でした。
トーラス内縁の位置や構造を決める
降着円盤の放射強度は、
回転軸方向(観測者の居る方向)
へは強い放射を放つ
ものの、
円盤面に近いトーラス方向へは急速に弱くなる
円盤放射の
非等方性を持ちます。
しかし、板状の放射体が持つこの避けられない特性は、
それまでのトーラスの研究では
過小評価され無視されて
いました。
この効果を初めて取り入れて構造と光度変動を計算し、
トーラス内縁がたしかに従来予想より
中心へ近く、
すり鉢型の形状を持つことを明らかにし
ました(Kawaguchi & Mori 2010; 2011)。
観測データを説明する初めての理論モデルとなり、
降着円盤へのガス供給を司るトーラス内縁の理解へ向けて
先鞭をつけ
ました。
[4] 銀河衝突とブラックホールの成長・進化
各銀河の中心に存在する
ブラックホールの質量は、
銀河の中心部の丸いふくらみ(バルジ、又は楕円銀河本体)の質量
に比例しています。
しかしこの数桁にわたる謎の比例関係は、
ブラックホールと銀河がお互い影響を与えながら
成長してきた(共進化)ことをうかがわせるものの、
その起源は未だ解明されていません。
銀河が衝突・合体する際に星形成が誘発(銀河の
成長)され、
それぞれの
中心ブラックホール
どうしも重力波を放出
し合体する(ブラックホールの成長)こと
が共進化の原因かもしれません。
天の川の隣に居てずば抜けて近い
ために過去の銀河衝突の履歴が
詳細に明らかになっているアンドロメダ銀河では、
衝突して破壊されつつある衛星銀河の中心に居た
ブラックホールが今周辺を漂っていると考えられます。
この漂う巨大ブラックホールの予想位置や周辺の
ガスの濃さ(密度)を基に、広波長域放射強度を理論
計算しました(Kawaguchi et al. 2014; 右図)。
その結果、電波波長域であれば
検出できることが明らかになりました。
一方、銀河衝突は巨大ブラックホールの成長(質量増加)だけ
に寄与するわけではないこともわかりました。
落ちていく衛星銀河が銀河の中心部から離れて通過する
際、
銀河内の星間ガスの一部を中心へ落として、
ブラックホールの活動を点火(=ガスを吸い込んで質量
増加)します。
活動の消火機構については、定説がこれまで無く
未解明のままでした。
しかし、銀河の中心部を衛星銀河が突き抜けていく場合は、
逆に、ブラックホールへのガス供給体であるトーラスを
破壊し、ブラックホールの活動性を止め、以降の質量増加
を阻むことを明らかにしました(Miki, Mori & Kawaguchi 2021,
Nature Astronomy;
報道発表)。
点火にのみ寄与すると思われていた銀河衝突が、逆に
消火にも働く事がわかったことで、ブラックホールの活動の
歴史・ブラックホール成長史の理解(例えば、なぜ宇宙に
こんなに大質量のブラックホールがゴロゴロいるのか)に
必要な最後のピースが埋まりました。
突然なぜか活動性を止めたブラックホールも、銀河衝突の
痕跡と共に最近見つかってきており、この謎の天体群は
衝突による消火機構の実例・現場かもしれません。
[5] 宇宙ジェットの噴出条件
宇宙のあまねく場所に存在するブラックホールは、普遍的にジェット現象を発生させ、
そのメカニズムは発見から1世紀たった今も謎です。
そこで、発生の条件について観測的な解明に取り組みました。
具体的には、ブラックホールと恒星からなる連星系のX線と電波での観測データについて、
時間微分量や時間積分量を用いて分析しました。
その結果、ブラックホールへ流れ込むガスが形成するガス円盤において、
最もブラックホールに近い位置(内縁半径)が(i)十分速くブラックホールへ向けて
近付いて急激に小さくなり、
(ii)安定してブラックホールの周りを回転することができる最内縁安定軌道に達すること、
の2つが噴出条件であると分かりました(Yamaoka, Kawaguchi et al. 2025; 報道発表
1,
2)。
(1)動的な条件でジェット噴出が起きることが分かったため、静的な条件でジェット噴出する
多くの理論モデルに修正が必要であることが分かりました。
また、(2)ジェット噴出の予兆現象が分かったことで、噴出を捉えるための緊急好機観測の
成功率が上昇すること、
(3)ジェットが当分噴出しない条件も分かったことから、噴出が予想されるタイミングに
観測資源を集中できること、および
(4)各銀河の進化史をコントロールしてきたと考えられるジェット現象の理解を前進させる
ことなどが期待されます。
* 動画 [(c) T.Kawaguchi & K.Yamaoka]:
日本語版 [低解像度(8Mb),
中解像度(41Mb),
高解像度(132Mb)]
英語版 [低解像度(8Mb),
中解像度(41Mb),
高解像度(132Mb)]
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英語版解説 English version (with movies)
* 山岡和貴先生(名古屋大学)による解説記事(日本語)