最近はやりの架空戦記ものである。一昔前は架空戦記等というものはマイナーで一部のマニアの読むものだったが、ここ10年位、一気にメジャー化した。そのため、書店には多くの架空戦記ものが並ぶという恐ろしい状況になっている。私のような昔からのファンにとってはうれしいような悲しいような複雑な気持ちである。特に最近はあまりにも荒唐無稽すぎてとても読めないようなひどいものまである。そんな中で谷甲州の覇者の戦塵シリーズは異彩を放っている。このシリーズは戦前満州で巨大な油田が日本軍によって発見されたことから、あり得たかもしれないもう一つの歴史がはじまるというものである。(当時の日本軍は知らなかったが、この油田は実在する。戦後、中国により発見され大慶油田と名付けられた。)このシチュエイションのリアルさがいいが、それだけでなく、このシリーズの最大の特徴はその地味さにある。主人公は何人かいるが、主として中堅の士官や技術者である。彼らが左右できるのは局地的な状況であり、(もちろん、それが回り回って、大きな状況変化につながるのだが)したがって、兵力も小さい。その分、話はリアルである。兵器もかなり地味であるが、電波兵器(電探)を用いてその運用面を工夫することで戦局の転換へ導く。架空戦記ものの良さはこういった細部がどれだけきちんと書き込まれているかによるが、本シリーズはこの点、非常によい。最近、ある人物が登場しだしてから内容がやや派手になりつつあるが、シリーズの基調は変わっていない。また本シリーズの特徴として、敵側の登場人物からの描写をしないという点がある。つまり、本シリーズで内面、感情が描かれているのは日本人およびその関係者だけであり、敵は単にその行動しか描かれない。これは好き嫌いもあるだろうが、本書では、敵の意図を隠し、小説に強い緊張感を生むことにより、成功を納めている。
最近、新刊の出版が遅れ気味なのが気になるが、佐藤大輔のレッドサンブラッククロスシリーズとともに架空戦記好きにはおすすめのシリーズである。