ナノ秒時間分解過渡吸収スペクトル測定システム
物質の同定や反応の追跡に吸収スペクトルを測定するのと同じように、光励起状態の電子状態や反応を調べるために過渡吸収スペクトルを測定します。励起状態は寿命が大変短いので、光照射と同期した短時間だけの吸光度の時間変化を測定する技術が必要です。本装置は5ns(1nsは10のマイナス9乗秒)から1sの寿命の励起状態の吸収スペクトルを測定するために開発したものです。この装置では、QスイッチNd:YAGレーザーのジャイアントパルス光(532nm、355nm)を試料に照射し、それと同期してモニター用キセノンランプを高輝度点灯させ、透過率の時間変化をオシロスコープで観測しています。普通の吸収スペクトルを測定するときにはハロゲンランプのような弱い白色光源で充分ですが、ナノ秒という極めて短時間の吸収を観測するときにはそれでは光量が不足しますので、150Wのキセノンランプを更に50倍も増強したものをモニター光としています。キセノンランプの増強回路は大型のトランジスタを並列動作させ、キセノンランプにきれいな矩形電圧パルスを与える独自の電気回路を使っています。これによって数百マイクロ秒の間100A近い電流パルスをキセノンランプに流して超高輝度のモニター光を作ることができ、S/Nの良い、歪みの少ない過渡吸収を測定することが可能になりました。光検出器には250nmの紫外から800nmまでの光が検出できるように光電子増倍管を使用していますが、ナノ秒の時間域の過渡吸収を歪み無く観測できるように、大電流を流せる特殊なブリーダ回路や高速の電流検出アンプを開発しています。
高感度マイクロ秒〜ミリ秒過渡吸収測定システム
ポリマー膜や薄膜中の光化学現象を観測するためには、10-3よりも小さな過渡吸収変化(ΔOD)を観測する必要があります。そのため、ナノ秒時間分解過渡吸収測定システムの光源と検出器を専用のものに交換して、マイクロ秒からミリ秒の時間分解能で微小な過渡吸収を測定できるようにしました。微小な過渡吸収変化の測定には、安定なモニター光源が必要でありますが、本装置では高安定化電源で駆動したピーク波長760 nmの高輝度赤色LEDあるいは、ハロゲンランプを使用しました。さらに、モニター光の透過光強度の時間変化の測定にはデジタルオシロスコープを用いていますが、その8bit-A/D変換精度で記録できる最小変化量は10-3程度でしかないので、10-5程度のΔODを測定することができません。そこで透過光信号から、励起前のモニター光強度に相当する直流電圧分を減算回路によって打ち消し、過渡変化のみを低雑音増幅器した後A/D変換します。こうして記録した過渡信号と減算した直流電圧から過渡吸収を計算することで、10-5程度ΔODを観測できるようにしました。この微小過渡吸収測定装置を用いて、ポリマー膜中で、数百ミリ秒にも達する光誘起分子内電荷分離状態の観測に成功しました。
高感度ナノ秒過渡吸収スペクトル測定システム
発光性材料の蒸着膜やスピンコート膜中では、光電荷分離、励起子分裂、三重項―三重項消滅アップコンバージョンなど非常に興味深い反応が起きます。また、そのような反応と競争して不純物サイトなどによるトラッピングや励起子間の反応など、励起子を消滅する過程が非常に高速で起こります。これらの過程に関与する非発光性の過渡種を定量的に観測するためには、発光測定よりも過渡吸収分光法が適しています。そこで、100nm以下の有機薄膜中でのナノ秒過渡吸収測定を行うために、10-5程度のΔODを検出可能な測定システムを開発しました。
以前に研究室で開発したナノ秒過渡吸収装置では,モニター光の検出に増幅段数を5段に落とした光電子増倍管を用いていました。光電子増倍管は高速・高感度であるため,250nm〜の紫外領域の過渡吸収スペクトル測定が可能であったり、過渡吸収と過渡発光を同じ励起条件で観測できたりという利点があります。その反面、高強度のモニター光を検出する際に電子増幅率が飽和しやすい、電子増幅率の揺らぎによるノイズがのぞけないなどの欠点があります。そこで、Pinフォトダイオード(PIN-PD)と超低雑音広帯域アンプと組み合わせた低ノイズの光検出器を新たに開発しました。すべての条件で優れた性能をもつPDを入手できなかったので、観測する波長領域や時間領域に応じて使い分けています。PIN-PDからの光電流は広帯域超低雑音アンプで電圧信号に変換し、微小過渡吸収信号を観測するために、直流成分(I)と微小な変動成分(dI)を別々にデジタルオシロに入力して記録して、コンピュータで演算して過渡吸収を計算しています。これにより,200回程度の少ない積算回数でも過渡吸収信号のノイズを10-5 ΔOD以下にすることが可能になりました。
微小な過渡吸収変化を観測可能にするためのもう一つ重要な点は,モニター光の強度と安定性です。時間的な変動の少ないモニター光源には、普通ハロゲンランプが用いられますが、有機EL材料などの強発光性薄膜の過渡吸収スペクトル測定、あるいは紫外領域の過渡吸収スペクトル測定を行うためには、光強度がかなり不足しています。そこで、本装置では、150WのXeアークランプを100倍程度パルス増強してモニター光としました。20年前に開発したナノ秒過渡吸収装置では、パワートランジスタを使ってXeアークランプのパルス増強を行っていましたが、パワートランジスタの性能限界のため、繰り返し周波数を1Hzにしなければならず、積算測定に長い時間がかかっていました。新しく開発したパルス増強回路では、最近開発されたHiPerFET-MOSFETを用いることで、最大100V-300Aの電圧矩形波を10Hzの繰り返し周波数でXeアークランプに印可できるようになり、短時間で微小過渡吸収スペクトルを観測できるようになりました。