高校生の皆さんへ


【化学科で生体分子を学ぶ】


 私たちが研究する分野は「化学」と「分子レベルの生物学」が重なる領域であり、学問分野としては「生物有機化学/生体関連化学」「生化学/分子生物学」などと呼ばれます。こうした分野の共通の研究の対象は「生体分子」ですが、私たちの研究室ではとくに「リボ核酸(RNA)」を対象に研究を行なっています。

 高校の理科で「化学」「生物」を選択している人は教科書を見比べてください。「アミノ酸・タンパク質・核酸(DNA/RNA)」は化学と生物のどちらの教科でも学ぶ項目です。つまりこれらの生体分子の知識は両分野の学問・研究において必要であり、高校の「化学」「生物」で学ぶ生体分子の内容を足し合わせた程度の知識が、大学で「医学・薬学・農学」などの生命に関わる実学を学び始める出発点として必要不可欠です。

 しかし二つの教科書の比較から分かるように、両科目での生体分子の紹介の仕方には大きな違いがあります。「化学」では細胞の複雑なシステムには踏み込みませんが、これらを構成する分子の構造は正確に教えます。他方で「生物」では細胞の複雑なシステムの要素としての生体分子の意義は教えますが、正確な分子構造は教えません。

 大学の教科としての「生化学」や「生物有機化学」の学習目標を一言でいえば、「高校生物」で学ぶ細胞のシステムを「高校化学」の分子構造レベルで充分に理解する、これがまず第一の目標となります。
 さらに酵素触媒など生命を支える化学反応とそれらに関わる分子達が働く仕組みを(高校化学教科書の「発展」項目に紹介されるような)「化学反応のメカニズム」に基づいて理解することが第二の目標です。(従って第二の目標の達成には、「大学レベルの有機化学」の知識も必要となります。)
 これらの知識が共通の基礎となり、各学部や学科でのより専門的な学問や研究へとつながります。

 わたしたちの研究室は理学部化学科に属していますから、「分子レベルの理解」のしっかりした基礎に立ち「細胞レベルの生命現象」を理解・研究できる人材の育成を目指しています(学部は異なりますが、基礎教育の理念・方向性としては薬学部の同分野に近いと言えましょう。)

【創薬と生体分子】

 薬剤の働きを理解し、薬剤の作用する対象を理解するには、薬としてはたらく分子の理解と作用対象の双方の理解が欠かせません。長い間、薬剤と言えば有機低分子であり化学者の扱う対象、作用対象の細胞は生物学者の扱う対象とする分業体制ができており、化学科は専ら前者の教育や研究を担っていました。

 ですが、薬剤の作用する仕組みの理解が進むにつれ、現在では「どの細胞の中の、どのタンパク質の、どの部分に、どんな仕組みで」薬剤がはたらいているか、即ち「薬の作用する対象についても分子(化学)のレベルで理解する」ことが、薬の開発において必要(常識)になっています。

 またこの20年に開発された画期的な新薬の多くは「バイオ医薬」とよばれる薬剤です。これは従来の有機低分子による画期的新薬の発見・開発が限界に達しつつある現状を打破すべく、タンパク質などの生体高分子を素材として開発された新世代の薬剤です。現在、大手製薬メーカーの新薬開発は「バイオ医薬」に大きくシフトしていますが、これらのバイオ医薬の開発や製造には、生化学や遺伝子工学の知識と実験技術が必要です。

 富山県の主要産業であるジェネリック医薬の分野でも、(2016年頃から本格化する)これら「バイオ医薬」の特許切れに対応したジェネリック製品(バイオシミラーと呼ばれる)の開発が重要な課題になりつつあります。

【物理と生物】

 高校で生物を学んでいない人には、大学の「生命科学」分野は敷居の高いものでしょうか?
物理で学ぶ論理的な思考方法や実験の進め方は、生命科学の学びや研究にとっても大きな武器です。高校生物で「生体分子」が占める部分は教科書全体の一部ですから、その部分のみをフォローアップすることは容易ですし、医・薬・農学部ではフォローアップが必須です。研究の遂行について言えば、「試行錯誤」や「知識の蓄積」の比重が大きい化学よりも、遺伝子を基盤として高度にシステム化された細胞の働きを解き明かすには、物理実験とも共通する論理的な(理詰めの)アプローチの実験法が適する場合が少なくありません。

 分子レベルの生物学の研究史を詳しく述べる余裕はありませんが、この分野の黎明期、遺伝子の働きを解明した科学者のかなりの部分が物理学から転身した人々でした。
 量子力学による自然現象の理解が一段落した1940-50年代、若い物理学者たちは「まだ未知の物理法則が潜む可能性のあるフロンティア」として、分子レベルの生命現象(特に遺伝子の働き)に興味を抱きました。例えば「DNA二重らせん」の発見者の一人であるF.H.クリックも、物理学で博士号を取得した後に生命現象の研究に転身した一人であり、こうした人々が分子レベルでの生物学の先導者でした。

 その後の研究の進展は、複雑な生物システムの作動を支配するのが「未知の物理法則」ではなく「分子(化学)の法則」であることを明らかにした訳ですが、生命科学の黎明期を支えた物理的・論理的な思考に基づく研究アプローチは、現代の生命科学研究でも不可欠な要素であり、「生物物理学」という学術分野を生み出しました。


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