20030711地域社会学
日本の都市における郊外化と家族の変容2──団地生活
Ø 高度成長期における都市化(人口の過密化)
Ø 1955年から1965年までに三大都市圏(東京・大阪・名古屋)に流入した人口は、553万9千人うち、東京圏は、349万7千人(石田 1987: 266)
Ø 都市化→大都市における住宅需要の増大→都市郊外の住宅地開発
Ø 高度成長期における大都市への人口流入の一例──集団就職(吉川 1997: 106-16)
Ø 農村の新規中卒者による集団就職
² 資料・「集団就職の入京を伝える1959年3月23日付の読売新聞」(吉川 1997: 109)
l 労働省は、新規中卒者を、高度成長を推進する「金の卵」と呼ぶ
l 集団就職自体は、1954年からあるが、国鉄と日本交通公社が協力して集団就職列車を走らせたのは、1962年
Ø 集団就職後の人生
² 就職先
l 男子:住み込み店員、零細工場での単純労務工、女子:繊維女工
² 資料・「図6 上沼中学(宮城県)集団就職者の10年」(吉川 1997: 114-5)
l 長男以外
Ø 長男は、家と農地を継ぐ
l 高い離職率
Ø 頻繁に転職を繰り返す
Ø 1964年、従業員10〜99人規模の企業だと、2年間経つと、平均して2人に1人は、勤め先を辞める計算
l 厳しい生活
Ø 多くは、中小企業に就職し、大都会の片隅で仕事や生活への不満を押し殺すようにして毎日の生活を送っていた
l 早婚
Ø 特に、女性は、ほとんど25歳までに結婚している
Ø 木賃(もくちん)アパート(石田 1987: 266-8)
Ø 民間による「木造賃貸アパート」の略
² 木造2階建て、各戸6畳1間、炊事場、便所は共用
Ø 集団就職などで大都市にやってきた若い人たちが単身または結婚して住み込んだ
Ø 1955年頃から建設が急増。1961年から65年までに東京都で建設された住宅のうち、64.8%が民営借家であり、そのほとんどが木賃アパート。1968年の住宅統計調査によると、東京都の住宅ストックの29.7%を民営木造賃貸アパートが占め、その戸数88万戸、区部だけで80万戸に達し、年平均約5万戸の割合で増加。
Ø 東京では、通勤に便利な山手線のすぐ外側の地域に多く立地し、「木賃アパートベルト地帯」と呼ばれた
² 図8-5 東京の木賃アパート地帯(1969年末)(石田 1987: 267)
² 1900年代から1920年代の東京の都市化の時期に、何らの都市計画的コントロールをせずに市街地化した地域にほぼ一致
Ø 公団の団地(三浦 1999: 18-21; 倉沢 1990: 18-25)
Ø 資料・歌「団地・アパート・ニュータウン」(三浦1999:19-20)
² 鉄筋コンクリートでできた箱形の中高層住宅という団地は、近代的な住宅として、木賃アパートに住む人びとの羨望の的
l 希望者が多く、何十倍という競争率の抽選で入居者が決まった
Ø 日本住宅公団
² 資料・「日本住宅公団による賃貸住宅建設戸数」(三浦1999: 23)
² 日本住宅公団:1955年(昭和30)に設立され、大都市とその周辺に勤労者向けのいわゆる団地住宅を建設し、供給・管理してきた。
l その後、都市周辺の住宅地の開発および都市の再開発を主要な事業としてきた「宅地開発公団」(1975年設立)と「日本住宅公団」が、1981年に統合されて、「住宅・都市整備公団」が発足。
l さらに、1999年、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動の基盤整備として居住環境の向上及び都市機能の増進を目的とする「都市基盤整備公団(都市公団)」になる
Ø (1)市街地の整備改善、(2)賃貸住宅の供給および管理、(3)都市公園の整備、など
Ø 2DKタイプの団地を大量に造る
² 団地に関係する流行語
l 「団地族」:1958年に『週刊朝日』造語
l 「カギっ子」:1963年頃流行
² アメリカ的な生活様式
l 建築には、人びとがどのように生活すべきかという思想が表れる
l 2DK
Ø 資料・「図3-1 実際の住まわれ方(実例)」(1963年)(倉沢 1990: 76)
Ø 2=寝室が二つ、D=食堂(ダイニング)、K=台所(キッチン)
Ø 各戸が、それぞれ台所・洋式便所・浴室を持つ
l ダイニングキッチン=寝食分離
Ø ちゃぶ台で食事をして、ちゃぶ台をたたんで布団を敷いてその同じ部屋に寝る、という生活習慣からの脱皮
Ø イスとテーブルで食事、ステンレス製の流し台、換気扇、湯沸かし器
Ø 家庭電化製品(三種の神器:洗濯機、冷蔵庫、テレビ)
² 団地族こそ、耐久消費財の主な購入者
l 大阪の香里団地(1960年)における家電製品の所有世帯
Ø 電気冷蔵庫58.0%、テレビ81.0%、洗濯機81.6%
² テレビ放送開始は1953年
l 二つの寝室=就寝分離
Ø 親子が川の字になって一緒に寝るという習慣からの脱皮
Ø 親夫婦は、子どもと別に寝室を持つべきだという西洋的価値観
l 親夫婦と未婚の子どもから構成される「核家族」が暮らすことを想定した間取り
Ø 暗黙のうちに、近代的・理想的な核家族と、前近代的な拡大家族(祖父母を含む三世代家族)という家族意識を提示
Ø 高度成長期の団地の住民(倉沢 1990: 68-81)
² 20〜30歳代の若い層に集中
l 資料・「表3-1 年齢構成」(1960年)(倉沢 1990: 72)
² 20歳代の妻と30歳代の夫という夫婦が中心の核家族が多い
l 資料・「表3-2 世帯員数」(1960年)、「表3-3 平均世帯人員」(1958-9年)(倉沢 1990: 72)
² 7割近くが、大卒程度の学歴を持つ
l 資料・「表3-4 学歴(男)」(1960年)(倉沢 1990: 74)
² 管理的職業や専門・技術・事務的職業に従事する男性が、8〜9割
l 資料・「表3-5 職業(男)(1960年)(倉沢 1990: 74)
² 同質性が高い住民構成
l 年齢や家族構成や職業が似ているので、ささいな違いが目立つ
l 例えば、ある家が新製品を買ったとすると、負けじと他の家でも購入するというような競争意識が働く
² 定住意識は低い
l 資料・「表3-7 将来アパート生活を続けるか(定住意識)」(1958-9年)(倉沢 1990: 80)
Ø 高度成長期に作られた公団団地の現在
² 1960年代には、先進的であった公団団地の設備水準は、その後、あたり前のものとなり、むしろ平均以下のものとして陳腐化していく
l 公団住宅のレベルアップは、民業圧迫という批判を受けるため、難しい
² 「高嶺の花」から、一戸建てやその他のよりよい住宅に転出する前の「仮の住まい」へ
² それにともない、脱出可能な社会経済的上層の人びとが、団地を脱出し、旧い団地は、しだいに脱出できなかった層の人びとが滞留し、年齢構成も高齢化する。当初多かった若い高学歴ホワイトカラー層は、減少する
l 公団の団地から脱出した人びとは、一戸建て住宅や民間のマンションなどを購入
Ø 参考文献
Ø 吉川洋, 1997, 『高度成長──日本を変えた6000日』 読売新聞社.
Ø 石田頼房, 1987, 『日本近代都市計画の百年』 自治体研究社.
Ø 倉沢進編, 1990, 『大都市の共同生活──マンション・団地の社会学』 日本評論社.
Ø 三浦展, 1999, 『「家族」と「幸福」の戦後史──郊外の夢と現実』 講談社現代新書.