平成10年度富山大学公開講座
「財政金融問題の読み方」
第3回「行財政改革の視点」
1998年6月18日
行財政改革の視点
T はじめに
今回の講座では、行財政やその改革をどういう視点でとらえたら
よいかということをテーマにしています。
U なぜ政府規模が拡大するのか
1.政府規模の長期傾向 (資料 1)
(1) 「ワグナーの法則」
A. Wagner(1883)は、社会の進歩と共に政府の規模が絶対的にも相対的に
も増大することが歴史的に見ると法則として成り立つと主張した。
3つのタイプの国家活動
・法と秩序の維持:市場が機能するための前提
対内、対外、鎮圧(国防)と予防(社会政策)、行政の集権化
・財生産への参加:新技術(蒸気機関等): 巨大資本、公的企業
・経済的・社会的サービスの提供:郵便、教育、銀行: 社会的便益が
大、公的独占
(2) 政府規模は各国で異なる
日本・アメリカ: 政府規模は相対的に小さい
北欧諸国: 政府規模は相対的に大きい
2.公共部門成長の個別的要因 (資料 2,3,4)
(1) 経済的要因
・経済成長、インフレーション
・政府提供サービスの性質・・・・純粋公共財から準公共財へ
・経済発展と公共支出の構成
構成比 政府消費(高) ―→ 政府投資(上昇) ――→ 政府消費(上昇)
項目 国家機関費 産業経済 教育文化費
軍事費 国土保全・開発 地方財政費
国債費 社会保障関係費
目的 国家機構の整備 基礎的社会資本の整備
国力増強 基幹産業の育成
(2) 政治過程における要因
@個人の「フリー・ライダー」行動
フリー・ライダー行動は次の2つの場合に生じる
・評価に応じた負担の場合、評価を意図的に低く表明する。負担逃れ
・評価に関係なく一定の負担をする場合、評価を意図的に高く表明する。
需要が過大になる
A政治家の行動
・政治的価格の設定:コストを無視した低い価格の設定
収入と費用の1対1対応がないことにも原因がある
ノン・アフェクタシオンの原則
・近視眼的な政策要求: 人気を気にし、長期の目的に基づかない
・情報の不足: 政治家も、国民(住民)も十分な情報をもっていない
(3) 行政における要因
@官僚の行動
「ニスカネンモデル」(W.A.Niskanen,1968)
官僚の効用関数を、
U = U(給与、公職の役得、公的規制、権力、部局の産出量、・・・・)
と想定。この理由は、官僚が財政的余剰(税収−サービス費用)に財政
権を持たないことにあるとしている
結果
官僚は予算の最大化行動をとることから、社会的最適よりも大きな量
を産出する。過大予算
A「X-非効率」
X-効率は、現在の技術を所与として、組織の改善、労働者の意欲の促進、
経営管理手法の改善等を通して、生産性の向上を達成することを意味する。
X-非効率:政府は、利潤動機に欠ける、報償原理に欠ける(業績が
給与に直接反映しない)などから、X-効率の達成に失
敗する。
B「技術的非効率」
技術的効率とは、利用可能な最良の技術を見つけだしてそれを用い、
生産コストの引き下げ、あるいは品質を向上させること。
a) 政府立法の副次的効果
・赤字企業への補助金は赤字企業を増大させる。
・課税の別形態としての規制
規制には価格規制、数量規制、品質規制があるが、いずれも課
税と同様に、消費量、生産量を変化させる効果をもつ。規制は、
したがって租税と同様に、経済主体の行動を制御する手段と
しての機能をもつ。
ただし消費者、生産者に「隠れた租税」(implicit tax)を課し、
市場の不完全性を増大させることにもつながる。
家庭での消化器設置の義務付け等
企業に対する廃液規制、脱硫装置の設置義務付け等
b) 「レント・シーキング」行動
rent seeking という言葉は Anne Krueger(1974)が名付けた。
・レントの意味
レント(地代)とは、経済の総生産量の増加と結びつかない活動か
ら生じる所得のことをいう。
言い換えると、レントとは、資源の所有者が得る機会費用を上回る
収益。
リカードの地代は、土地の所有者が生産活動に携わることなく地代
を徴収することをさす。
・規制を通じてのレント・シーキング
レント・シーキングとは、競争状態におけるよりも産出量を小さく
することによって超過利潤を得ることができるから、レントを求め
て、政府に何らかの規制を設けさせようと行動すことを指す。
例: 産出規制、輸入の数量規制、関税、価格支持(米価)
c) 「情報の非対称性」
・「プリンシパル・エージェント」(Principal-Agent)問題
(依頼人) (代理人)
非対称的情報の条件下での効率の誘因
代理人が依頼人よりもより良い情報をもっており、双方の間に情報
の非対称性が存在する
非対称情報と関連して、
「モラル・ハザード」(道徳的危険:moral hazzard)
「アドバース・セレクション」(逆選択:adverse selection)
・保険医療の場合:
医療機関が公共部門か民間部門かはそれほど問題ではない。問題は、
代理人は生産されるものの状態を依頼人よりも良い追加的な情報を
もっている場合、そして代理人の行動が直接には観察できないある
いは検査できないために、代理人の活動とランダムな出来事の結果
から、情報を拾い集める以外にない場合に、患者が医者に効率への
誘因を与えられるかということである。
・政府調達
政府調達は、現行では、予定価格制と指名入札制をとっている
予定価格制: 政府が費用を積算しそれ以下で競争入札させる
指名入札制: 数社〜10社程度を指名し、競争入札させる
企業は政府よりも費用についてよりよく知っているという意味で、
情報の非対称性が存在する。
企業が談合すれば、落札価格は予定価格と等しくできる。換言すると、
政府調達が高くつく。
1994年1月より、
国の場合、7億3000万円以上、
地方自治体の場合、24億3000万円以上
について、一般競争入札制がとられるようになった。
政府調達制度の改革
・談合の存在を仮定: 指名入札の強化(弊害もある)
談合の罰則規定の強化
・談合の防止: 競争原理の強化
効率へのインセンティブを持たせる
(費用節約企業に報賞金)
専門コンサルテイングの活用
C生産性のラグ
「ボーモルの病」(W.Baumol)
公共部門では民間部門よりも生産性の上昇が遅れるという生産性のラグ
が存在し、相対的な活動水準を一定に保つには、政府の相対的規模が大
きくなる。
「生産性格差」: 公共部門は民間部門より生産性が低い
原因 ・サービス生産の労働集約性: サービスは人的サービスが主
・付加価値の価格弾力性が低い
・制度的要因:民間部門は利潤が最大になるように、サービ
ス区域を設定できるが、公共部門は特定の行政
区域内での供給に限定される。
D「財政的錯覚」
オーツ(W.Oates)
・税制が複雑であればあるほど税負担を判断するのが困難
・貸家の入居者は持家の居住者よりも財産税の負担を判断し難い
・税制に組み込まれた累進税による税負担の増加は、法律改正による負
担の増加よりも分かり難い
・公債発行による将来の負担は租税の負担よりも分かり難い
・フライペーパー(蠅取り紙)効果:補助金による支出の増加は同額の地
方所得の増加の場合より大
(3) 環境要因
@人口と人口構成・人口密度
公共サービスの多くは年齢や人口、人口密度と関連している。
人口増加: 公共サービスが準公共財ないし準民間財の性質を持つ場合には、
人口の増加に比例以上に支出が増加
年齢構成:公共サービスと年齢構成との関連
人口密度の増大:公共サービスと混雑現象。過密の問題
東京への人口集中・・・社会資本の不足・・・住宅、道路等
人口密度:純粋公共財の場合は、人口が多くなるほど1人当たり負担は小さ
くなる。
過疎の団体では公共サービスの1人当たり費用は割高。
過密の団体(東京都の場合など)でも過密により1人当たり費
用は割高。
行政需要
教育費: (児童生徒)X(1人当たり費用)
移転支出: (高齢者数)X(1人当たり給付額)
A所得水準の上昇と消費者の選好の変化
公共サービス需要の所得弾力性が1よりも大きいと公共サービスの供給
はGDPの成長率よりも大きい。
B技術の変化
新しい生産物 自動車 電気製品 プラスチック製品
必要となる財等 道路 発電所 ごみ処理施設
(4) 社会的・文化的要因
@戦争と社会変動
「転位効果」(ピーコック=ワイズマン:A.T.Peacock & J.Wiseman,1961)
平時においては、公共部門の規模と租税閾はそれほど変化しない戦時態
勢において、危機感による閾(イキ)効果から租税負担が増大し、また民生
支出が軍事支出に転位する。
戦時から平時への移行において、軍事支出が民生支出に転位する。これは、
点検効果による。
A都市化・核家族化
家族内の世代間相互扶助から政府の役割へ
Bその他
女性の社会進出・・・・保育所等の保育施設
生涯学習・・・・各種教育施設とサービス
V 公共部門の成長の限界
@ラッファー・カーブ
ラッファー(A.Laffer)
税収は税率に関して逆U字型の曲線を描く。
したがって、場合によって、税率の引き上げは、税収の減少を招く。
A租税回避(節税と脱税)、地下経済の増大
日本の地下経済: GNPの約4%程度とされている。
Bブキャナン=ワグナーのケインズ的財政政策の批判
多数決投票は公共サービスの過大供給をもたらす。
租税が見えない場合、支出が費用のかからないものにみえ、公共支出が
過大になる。
ケインジアンの財政政策を、公共支出(政府規模)の過度の拡大という
観点から批判。
均衡予算原則と課税権の制限の、(憲法での)制度的な保証を主張。
C民営化の進展
行政改革などに見られるように、表面的には政府の規模を縮小する方向
への動きがあるが、特殊法人、第3セクターの増大のように目に見えない
(一般行政では捉えられない)政府の拡大もある。
D国民の許容負担水準
最終的には、国民の租税負担の許容限度が政府規模を決定
W 行財政改革の視点
1.行政改革会議最終答申(1997年12月3日)の概要
@行政改革の理念と目標
・より自由かつ公正な社会をめざす
・簡素・効率的・透明な政府の実現
・自由かつ公正な国際社会の形成・実現と貢献
A提言
・中央省庁再編
・行政機能の減量
・公務員制度の改革
・その他:情報公開、地方行財政制度の改革
最近の動き (資料 5)
1998年6月9日
中央省庁改革基本法成立:1府21省庁から1府12省庁へ移行
(2001年1月目標)
2.政府の役割は何か
市場の失敗の要因 求められる政府活動
私有財産性の侵害 ―――――→ 国防・司法・警察
所得格差 ―――――→ 所得再分配政策・教育・訓練政策
価格のパラメータ機能の欠如 → 産業組織政策・独占規制・経済安定政策
財・生産要素の不完全移動 → 産業構造政策・労働流動化政策
市場の普遍性の欠如 → 公共支出政策・環境政策・情報提供
凸性の欠如 ――――――→ 公共料金政策・公的企業
3.負担とサービスとの関係
(1) 負担と受益者
受益者: 個人 特定集団 国民一般
負担者: 個人 特定集団 国民一般
負担方法: 料金 目的税 一般財源(租税)
(2) 費用対効果
I(投入): 労働、資本、技術
A(活動): 具体的に作業を実施する過程
O(産出): 産出を具体的な指標で測定したもの
C(結果): 社会の状態に与える影響
直接生産物(direct output)
Od=A(I)
産出結果(consequence output)
Oc=V(Od)
Od Oc
教育 卒業生数 学力向上
警察 検挙件数 治安
ごみ処理 収集量 清潔さ
生産性: Od/I
効 果: Oc/Od
効率が改善されるための条件(Levitt and Joice)
・意図する産出および関連した費用を定義し可能ならば数量化する
・投入の変化の産出への影響を評価し可能ならば数量化する
・特定のサービスにとって目的は投入の最小化か産出の最大化かを決める
・技術的効率を改善するための範囲を評価し可能ならば数量化する
・配分効率を改善するための範囲を評価し可能ならば数量化する
・どの程度効率が改善されるかを評価し可能ならば数量化する
(3) 事務事業評価 (資料 6)
最近、事務事業評価を導入する自治体が増加している。
富山市も導入している。
4.サービスの生産と消費
(1) 基本的方式
公的生産・公的消費 ―→ 国防・外交・一般行政
公的生産・民間消費 ―→ 上下水道・施設利用、住民票などの発行事務
民間生産・公的消費 ―→ 守衛・学校医
(2) PFI(Private Frinance Initiative)
@イギリスのPFi
上記の民間生産・公的消費方式において、効率のよい民間事業者からサ
ービスを調達する方式政府が関わりながら、サービスの品質など責任を
明確化した上で、入札によって民間事業者からサービスを購入する方式。
PFIが民営化や民間委託と異なる点
民営化:政府がやっていた事業を縮小ないし民間事業に移行。
民間委託:施設管理やサービス(守衛サービスなど)を民間事業者に委託
A日本のPFI
1998年度から、社会資本整備においてPFI制度を導入を計画
各省庁は、「実施方針」の作成作業を進めている。
通産省: 新エネルギー、情報通信
建設省: 道路、空港、
・目的
官民の責任分担を明確化し、公益性の高い事業について、一時的出資や事
業の引継などリスクを軽減し支援
・問題点
PFIに長い歴史をもつイギリスと違い、日本では根付くのに時間
がかかる。
各省庁が独自の指針を作ることにより、統一的な方針が構築されない。
公的支援が前提されており、規制が強く、企業の倒産の場合などは
財政負担が増大する可能性がある。
5.民間非営利団体
(1) 民間部門の非営利団体
慈善組織、ボランタリー組織、独立組織、非政府組織、非課税組織、フ
ィランソロピー組織、など多様な名称で呼ばれている。
(2) 民間非営利団体の発生要因
@公共サービスの性格
同時に同量のサービス。これから、政府のサービスでは十分満たされな
いニーズがある。
これらのニーズの充足のためにNPOが発生する。
A非対称情報
サービスに対する信頼性。営利企業よりも非営利企業が信頼できる。
これらのサービスの提供のためにNPOが存在する。
例:生活協同組合
B需要と供給の不確実性
サービスに供給面で不確実性が存在する場合、危険を回避する人々は、
非営利団体を選好する。
例:国公立病院
C発生要因よりも政府と非営利団体との協力関係を説明
民間ではできないものについて政府が支援
X まとめ
私たち一人一人が、
納税者として、税金ないし負担について、
国民(住民)として、予算の使われ方(公共サービス)、費用と効果につ
いて、関心を持ち、行政の活動を常に監視する事がなによりも重要です。
参考文献
行財政改革に関する一般的な参考書
・行政改革
行政改革会議『最終報告』(1997.12.3)(インターネットで総務庁から入手可能)
・財政構造改革
石 弘光編『財政構造改革の条件』(東洋経済新報社,1997)
・経済構造改革
通商産業省産業政策局編『日本経済の構造改革』(東洋経済新報社,1997)
財政制度の解説
『図説日本の財政』(東洋経済新報社,各年度版)
宮脇 淳『図解 財政のしくみ』(東洋経済新報社,1997)
財政投融資
吉田和男・林 砂千夫『転換期の財政投融資』(有斐閣,1996)
特殊法人
松原 聡『特殊法人改革』(日本評論社,1995)
非営利団体
山内直人『ノンプロフィット・エコノミー』(日本評論社,1997)