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RNAを巡るサイエンス(自然の叡智)とテクノロジー(ヒトの知恵)
【化学プログラム】井川 善也
現在の全ての生物は、自身の設計図(遺伝子)の素材にDNAを用いています。生命と非生命の境界にあるウィルスも多くはDNAを遺伝物質としていますが、一部にはDNAでなくRNAを遺伝子に用いるウィルスもあり、RNAウィルスと呼ばれます。2000年初頭から数年間世界中で猛威をふるった新型コロナウィルスや、毎年流行するインフルエンザウィルスは共にRNAウィルスです。RNAウィルスは一般的に変化(変異)する速度が大きいのですが、自身の設計図である遺伝子の配列情報を複製する(書き写す)際、RNAが素材だとDNAと比べて正確性が低くなる(書き写しの間違いが多くなる)ことが大きな理由です。その一方で、新型コロナウィルスに対して、従来にないスピードでワクチンが開発できたのも、RNAを素材に用いた(mRNAワクチン、世界初の実用化)ためです。ですから新型コロナウィルスと科学者の攻防は「互いにRNAを駆使した攻防」だったと言えるかもしれません。
RNAは遺伝物質として機能すると同時に、タンパク質のような能動機能も発揮できます。現在の細胞内でも種類は少ないものの重要な生体反応のいくつかはRNAからなる酵素(RNA酵素)が担っています。抗体タンパク質は特定の標的分子を精密に識別し結合しますが、抗体と同様の識別・結合能力を発揮するRNA分子は「RNAアプタマー」として知られています。RNAアプタマーは生物からも発見されましたが(2002年)、実は、その発見より10年以上前にバイオテクノロジー的に有望なRNA機能として実験室で生み出されていました(1990年)。通常、まず基礎科学(サイエンス)としての発見がなされ、それが研究者によって実学へと応用展開(テクノロジー)されるのが両者の関係です。しかしRNAの分野では、RNAアプタマーのように、テクノロジーがまず開発され、同種の(ただしより優れた!)機能が生物界から後に見つかるケースが時にあります。
これまでに発見されたRNA酵素のほとんどは1本のRNA鎖からできています。一方、タンパク質酵素は1本のポリペプチドが折り畳まって機能する(三次構造)ほかに、複数のポリペプチドが個々に三次構造を作ったのち、それらが規則的に集まって働く場合もあります(四次構造)。大きく美しい球状構造(ウィルス・カプシド)や単分子にはない高度な機能(ヘモグロビン)を生み出します。私たちの研究室では、タンパク質の四次構造をお手本にRNA酵素を人工的に集積させて四次構造をデザインし、RNA1分子では発揮できない構造や機能を生み出す試みを行ってきました(図、参考文献1-3)。
その研究が一段落した2025年、生物由来のRNAが大きな三次元の集積構造を形成することが報告されました(参考文献4)。その生物学的な機能の解明はこれからですが、私たちがデザインしてきた集積構造をサイズ的・造形的に凌駕するRNA構造体には、私たちの思いもつかない生物機能が秘められているかもしれません。
参考文献
- Mori, Y., Oi, H., Suzuki, Y., Hidaka, K., Sugiyama, H., Endo, M., Matsumura, S., Ikawa, Y. ChemBioChem, 22, 2168-2176 (2021)
- Yu, K., Hidaka, K., Sugiyama, H., Endo, M., Matsumura, S., Ikawa, Y. ChemBioChem, 23, e202100573 (2022)
- Siddika, Mst. A., Oi, H., Hidaka, K., Sugiyama, H., Endo, M., Matsumura, S., Ikawa, Y. Molecules, 28, 6465 (2023)
- Ling, X., Golovenko, D., Gan, J., Ma, J., Korostelev, A.A., Fang, W. Nature, 644, 1107(2025)