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低品質真珠形成を起こす殻黒変病は細菌感染症だった!
【自然環境科学プログラム】酒德 昭宏
真珠養殖と殻黒変病
日本の真珠養殖は, 1893年に御木本幸吉らによって養殖アコヤガイ (Pinctada fucata) の半円真珠が生産されたことから始まり, 2025年現在で130年以上の伝統と歴史がある。その間に, 様々な技術の改良を経て真珠養殖は全国的に広がり, 現在では, 三重県英虞湾地域, 愛媛県宇和海地域, 長崎県対馬地域で主に生産が行われており, 地域経済の重要な産業となっている。また真珠は貴重な輸出品の1つとなっており, 今後の輸出拡大戦略(農林水産省令和5年12月改定)において,輸出拡大を目指す27品目の重点品目の1つに挙げられ,輸出額を329億円(2019年実績)から472億円(2030年目標)へと増加させることを掲げている。しかし, 1990年代以降, 様々な要因による大量死が発生し, 生産量は大きく減少し, 現在も大きな回復はなく, 低水準のままである。
この生産量が回復しない要因の1つとして, 「殻黒変病」が挙げられる (図1)。本疾病は, 1958年ごろから見られ始めた未解決病である。本疾病個体は,衰弱してボウズ貝(殻の緑辺部が出ない個体)となり,重症な個体は死亡する。また,死亡しなかった個体でも真珠の巻に悪影響を及ぼし,真珠に黒変様のシミを形成し,低品質真珠となる。本疾病個体の殻表面には,穿孔性多毛類ポリドラPolydora spp. が寄生した際に作る小孔が確認される個体が多かったことから,ポリドラが長らく原因と考えられ,寄生を抑える濃塩水処理による駆除技術が開発された。しかしながら,本疾病に罹患する個体は未だ多く存在しており, 別の原因が存在する可能性が示唆されていた。そのような中, 殻黒変病が細菌感染症であることを我々の研究グループが明らかにした (Sakatoku et al. 2018)。
殻黒変病の原因細菌Tenacibaculum mesophilum Pbs-1株
殻黒変病に罹患した個体から細菌の単離を試みた結果, 全ての疾病個体から同じ細菌が単離された。この細菌を健常個体に感染させたところ, 殻黒変病の病症が再現され, その個体から同一細菌が再分離された。以上のように, コッホの四原則を満たしたことから, 本細菌 (Pbs-1株; 図2) が殻黒変病の原因であることを明らかにした (Sakatoku et al. 2018)。
さらに近年, 殻黒変病の全容解明を目指して, Pbs-1株の全ゲノム配列 (3,355,984 bp) を明らかにした (Sakatoku et al. 2025, 日経新聞)。その全ゲノム配列からPbs-1株は, Tenacibaculum mesophilumと同定され, 無脊椎動物に感染症を引き起こすTenacibaculum mesophilumの初報告となった。また, ゲノム配列中には感染, 侵入, 定着, 毒性, 防御機構への抵抗などに関わる病原因子と推定される遺伝子が複数見出された。今後は, これら病原因子の特性を詳細に調べていき, Pbs-1株の感染メカニズムや殻黒変病の発症メカニズムを解明していきたい。
真珠養殖現場で使用できるPbs-1株の特異検出法の開発
現在, 真珠養殖業者が取り得る明確な殻黒変病の対応策はなく, 応急処置としてボウズ貝を一部隔離して回復を待つことしかできていない。目視で確認できるほど衰弱している個体においては, 症状が回復するケースは極めて限られており, 十分な対応を出来ているとは言い難い。そこで, 「迅速」・「簡便」・「特異的」・「高感度」, そして「その場」で, 本原因細菌 (疾病個体) を検出する方法が強く求められてきた。また将来的に, 本疾病の対策法が開発できた際にもこのような特異検出法は必要不可欠である。そこで, 以下の特徴を有したPbs-1株の特異検出LAMP法の開発と改良を行い, 特許申請するとともに国際誌で報告してきた (特願2022-101950, Sakatoku et al. 2022, Sakatoku et al. 2024)。
- ・専用の高価な遺伝子増幅装置を必要としない (安価な小型恒温槽で反応)
- ・高い特異性 (他の細菌は検出されない)
- ・不顕性感染個体からも検出できるほど高感度 (検出限界はPCRの10万倍の5fg)
- ・迅速 (反応時間35~60分)
- ・目視検出が可能 (遺伝子の増幅を反応液の色の変化で検出)
本法を使用して, 養殖場付近の海水や稚貝・母貝に原因菌が存在することをいち早く検出することが出来れば, 従来は養殖業者が目視で確認していたアコヤガイの殻黒変病の発症を早期の段階で予測, もしくは感染個体を発見することができ, 症状の進行前に養殖場から隔離するなどして感染伝搬の予防が出来る。そして, 殻黒変病の発生や感染拡大を抑えることで, アコヤガイの大量死を予防して, 一級品の生産比率を向上させることが出来れば, 真珠生産額・輸出額を大きく向上させ, 養殖産業を復興させることができ, 更には養殖産業が盛んな地域の活性化にも大きく貢献することが出来ると考えている。
参考文献
- Sakatoku, A. et al. (2018). Aquaculture, 493, 61-67.
- Sakatoku, A. et al. (2022). Archives of Microbiology, 205(1), 43.
- Sakatoku, A. et al. (2024). Journal of Microbiological Methods, 223, 106986.
- Sakatoku, A. et al. (2026). Aquaculture, 613, 743387.