高岡高等商業学校広告研究会

高岡高等商商業学校広告研究会は1933年秋に広告理論及実際を調査研究を目的とする学生,卒業生,職員による組織として発足する。1934年7月に機関誌『商業美術研究』を創刊し,学生の他に大熊信行,向井梅次の教授2名,鍛冶貫一(三越金沢支店装飾部),卒業生2名が寄稿。 同月に,名古屋高等商業学校商業美術研究会からの誘いで「実業教育五十周年記念全国中等学校商業美術作品競技大会」を共同主催し,活動範囲を広げる。

1934年11月の臨時総会において,創立当時の暫定的な会則を確定し,一時的に用いられていた商業美術研究会の名称を広告研究会とし,12月に改題機関誌『広告研究』第2輯を発行。 第3輯は「開校十周年記念号」として1935年10月に発行,1937年7月発行の第4輯が最終号となった。1941年1月発行の学友会誌『志貴野』の彙報には開校15周年を祝った年度の活動と報国団文化部の一斑となることが報告されている。

活動

『コム・アート = Com-art:名古屋高等商業学校商業美術研究会機関誌』記事からみる高岡高等商業学校広告研究会の活動

高岡高等商業学校広告研究会発足と名古屋高商商業美術研究会から実業教育五十周年記念全国中等学校商業美術作品競技大会の共催を打診され応諾した経緯などは,『広告研究』第2輯の太村与三次「思出」,角間他喜雄「足跡」に詳しい。なお,『商業美術』に投稿された大熊信行「一理論経済学者の広告理論」の追記には,昭和8年7月に名古屋で名古屋高商商業美術研究会会員と会談し『商業美術論集』の寄贈を受けたことが記され,「直接刺激をめぐみつつある名古屋高商商業美術研究会の業績にたいする一つの呼応として,みとめられるならばこの上もない」と結ばれている。
年月次 巻号 ページ 記述 備考
1934年7月7日 3 4 高岡高商広告研究会の発展[論集発刊紹介] 商業美術研究(高岡高等商業学校内商業美術研究会)第1輯,昭和9年7月4日
1934年12月15日 4 1 [1934年]7月6日新愛知側と第3回交渉…全国高商商業美術連盟結成の議案を廃して高岡高商誘引の上主催者に加え三者共同主催の案を得て,大会誕生への一條の光明を認む。 新愛知新聞社
1934年12月15日 4 1 [1934年]7月10日高岡高商より着電 サンセイス,クワシクシラセ,タカオカコウコク  
1934年12月15日 4 1 [1934年]7月11日新愛知側と第1回正式会見…当日決定事項(1)名称 実業教育五十周年記念全国中等学校商業美術作品競技大会,(2)主催 名古屋高商,高岡高商商業美術研究会,新愛知新聞社…  
1934年12月15日 4 2 [1934年]7月17日高岡高商へ案内状発送,詳細説明書発信  
1934年12月15日 4 2 [1934年]7月21日高岡高商広告研究会員来る 突如高岡高商広告研究会員角間他喜雄君外2名の訪問を受け中央ホールにて会談す。 角間他喜雄(8回)「足跡」『広告研究』第2輯,83-88,1934.12
1934年12月15日 4 2 [1934年]9月23日審査委員打合せ会開催…高岡高商役員招きて審査委員打合せ会を午後1時より事務室にて開催。出席者は高岡側,栗原,細野両教授,太村氏,名古屋側,国松,宮田,赤松,酒井,宇都宮諸教授… 太村与三次(6回)卒業生(マルキイースト研究所企画部)※試験を目前にして学生の出張できず。
1934年12月15日 4 2 10月17日審査会開催 早朝より中央ホールにて審査会を開催す。この日高岡高商側13名,本校側18名参加,実に壮観である。…午後8時完了。 1200を超える応募作品。審査終了後審査員一同講堂で晩餐,新愛知松岡氏の挨拶,宮田[喜代蔵]先生,日比野[勇夫]先生のお話。
1934年12月15日 4 2 [1934年]11月7日展覧会終る…我等の展覧会は無事盛大に終了した。当日夕刻高岡高商に対して作品発送せり。 「実業教育五十周年記念全国中等学校ポスターに付いての座談会」『広告研究』第2輯,50-55,1934.12 神谷九一郎「偶感:ポスター展について」同上,65-67
1935年12月10日 6 2 [1935年]9月3日高岡,名古屋両校委員会合…展覧会細部につき,休暇帰省中の高岡高商広告研究会委員伊藤君,神谷君の来名を機会にキタン倶楽部に会し,…会場並に宣伝方法の具体案を種々協議した。 伊藤寛(9回),神谷九一郎(10回) 野村龍三「編集後記」『広告研究』第3輯,143,1935.10
1935年12月10日 6 1 [1935年]9月14日予備審査会 高岡から伊藤,高橋の両君を迎えて,午後一時より中央ホールにて予備審査を行う。 高橋幸夫(9回)
1935年12月10日 6 1 [1935年]9月25日審査結果発表…入賞入選作品展は名古屋,高岡,富山,金沢の各地に於いて開催の予定。  
1936年11月21日 7 [1] 我妻栄(高岡高商講師)「大会を終わりて」   
1936年11月21日 7 [6] 寄贈文献…レクラム 高岡高商広告研究会  『レクラム』未確認
1938年2月20日 11 5 全国中等学校ポスター大会 恒例の本大会は高岡高商に於て,同校広告研究会員,本会会員審査員となり…第4回を滞りなく終了した。  「日誌抄」『広告研究』第4輯,90,1937.7
1938年2月20日 11 10 [1937年]10月16,17日 二日に亘り共同主催中等ポスター応募作品の審査会を高岡高商にて行う。本校前馬教授以下会員9名,高岡高商より栗原,高田教授我妻講師以下広告研究会員22名…   
1938年7月20日 12 10 いよいよ募集開始−全国中等学校商業美術作品競技大会 本会と高岡高商広告研究会並に新愛知新聞社共同主催の下に挙行する恒例の本大会…  
1939年1月25日 13 12 [1938年]10月16,17日,中等ポスター大会に寄せられた…審査を本校にて行う。…高岡高商側栗原教授,我妻講師以下会員4名…  
1939年1月25日 13 12 [1938年]11月3日…本校より三日間本校ホールにてポスター展を開催し其より後高岡富山金沢にて…  

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高岡高等商業学校 資料室 トップ 問い合わせ 作成:2017年06月14日