より高速に、より高機能に、と言った要求が半導体素子の微細化を進めている。LSIの重要な部分の大きさはすでに0.1μmを割り、10nmのオーダーに到達している。このように小さな世界を支配する法則は量子力学であり、電子は粒子であると同時に波の性質も示すことになる。現在のトランジスタから見ると、この現象は性能向上の障害であるが、これを積極的に利用しようというのが量子デバイスである。我々は、次世代の革新的LSIの基盤を構築すべく、量子効果素子の提案・実証およびこれらの応用に関する研究を行っている。
半導体としては高品質なヘテロ接合が形成でき、また、電子質量が小さいため量子効果が発現しやすい特徴を持つ化合物半導体を用いて研究を進めている。具体的には、結晶成長技術、ヘテロ構造の諸物性評価、素子の作製プロセス、素子特性と層構造の関係について研究を行っている。また、量子デバイスに適した新しい情報処理アーキテクチャについても興味を持っている。
最近最も力を注いでいるのが共鳴トンネル素子である。共鳴トンネル効果はnm程度の非常に薄い二重障壁構造において生じる現象で、THzに達する超高速性、微分負性抵抗から生じる高い機能性、室温で動作可能という特長から興味を集めている。
我々は、共鳴トンネル効果の負性抵抗特性を利用した新しい論理ゲートMOBILE (MOnostabe-BIstable transition Logic Element) を提案し、その有効性の確認とこれに適した応用の探索を行っている。MOBILEは、2つの負性抵抗素子を直列に接続し、振動型のバイアス電圧により駆動した際に生じる単安定−双安定転移を利用して論理動作を行うもので、超高速性とともに多入力、多機能の特長を持っている。
まず、共鳴トンネル構造に接合ゲートを設けた共鳴トンネルトランジスタ(RTT)を用いて、基本動作の確認と、複数の入力に対する重みつきしきい値論理が可能であることを示した。また、これを用いた機能可変論理ゲートの提案と実証など、MOBILEに適した応用回路の検討を行った。
さらに、素子特性の再現性・均一性の向上を狙い、HEMTと共鳴トンネルダイオード(RTD)の集積化の検討を行っている。これは、RTDとHEMTの並列接続素子により上記のRTTを置き換えるものである。これにより、MOBILEと従来回路を融合し、それぞれの得意な部分を利用することが可能になる。すでに35Gb/sで動作するD-FFなど、その超高速性と低消費電力性を実証しつつある。
量子効果素子の特徴はその特異な電流−電圧特性とそれから生じる機能性にあり、これを生かすためには従来のバイナリーロジックを越えた新しい情報処理アーキテクチャーへの応用が重要と考えている。したがって、セルオートマトンやニューラルネットワーク等を中心に応用の可能性を明らかにしたい。また、最近、情報処理や通信の分野では、非線形現象の示すカオスを積極的に利用しようと言う研究が行われている。共鳴トンネル素子の特徴の一つは非常に強い非線形性であり、制御可能かつ超高周波のカオス生成に適している。これは通信分野など、超高速集積回路が必要な分野へのカオスの応用を可能とし、集積回路、カオスの応用研究の両面において大きなインパクトが期待できる。
さらに将来的には、量子効果素子を用いた自己組織化回路について提案していきたい。量子効果素子は原子数個程度のサイズの違いでも特性に大きな違いが生じる。従って、これらを多数集積するためには、素子のばらつきを吸収する回路アーキテクチャーが不可欠である。素子の機能とアーキテクチャーの両面から、自己組織化回路について検討して行く。
デバイスとしては当面共鳴トンネル素子を中心とするが、より革新的な素子も視野に入れ、新しい機能デバイスを提案していく。いずれにせよ、この種の研究では素子を実際に作って実証することが重要と考えている。幸い、そのためのプロセス装置も揃いつつある。将来を夢見ると同時に着実に研究を進めていきたい。