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14. 兵隊特異的な形態形成におけるJH受容体遺伝子(Met)の役割
真社会性昆虫が進化する過程では,自らは生殖をしない不妊個体の獲得が,最も重要なステップだったはずです。シロアリの場合,最初に獲得された不妊カーストは兵隊であると考えられています。したがって,兵隊の獲得機構の解明は,シロアリの社会性進化を探る上で極めて重要な知見になります。シロアリの兵隊は,職蟻から前兵隊を経る二度の脱皮で完了します。この過程では,昆虫一般に変態や生殖腺発達にかかわる幼若ホルモン(JH)が,中枢因子として働くことが知られています。しかし,これまで兵隊分化を司るJHの下流シグナルは全く不明でした。そこで,近年モデル昆虫において同定されたJH受容体遺伝子(methoprene tolerant: Met)に注目し,シロアリの兵隊分化での役割を明らかにすることを目指して解析を行いました(Masuoka & Maekawa, 2015)。材料には,ゲノム配列が解読済みのネバダオオシロアリを用いました。
まず,Metやその下流で働くKruppel-homolog1(Kr-h1),Broad-complex(Br-C)の発現解析を行った結果,各遺伝子の発現は前兵隊への脱皮直後に活性化することが示されました(図1)。そこで,前兵隊期においてRNA干渉(RNAi)法によるMetの機能解析を行いました。その結果,前兵隊期(約10日間)におけるMetのノックダウンは,兵隊の形態形成には特に影響しませんでした。しかし,前兵隊への脱皮直前からMetをノックダウンした場合には,兵隊に脱皮した後で,兵隊を特徴づける頭部の形態形成(頭部の肥大化と大顎の伸長)が顕著に抑制されることが明らかになりました(図2)。つまり,前兵隊の開始期におけるMetの活性化が,兵隊の形態形成を制御すると考えられます。
以上の結果は,兵隊特異的な形態形成には,Metを介したJHシグナルが重要な役割を果たすことを強く示唆します。本研究は,この数十年間ほとんど進展のなかった兵隊分化におけるJHの機能について,解析を次のステップに進める重要な知見を提供したといえます。[増岡裕大,2018年3月16日]
<参考文献>
Masuoka Y & Maekawa K (2015) Insect Biochemistry and Molecular Biology, 64: 25-31.

図1.兵隊分化過程の頭部におけるJH受容体遺伝子(ZnMet)と下流のシグナル遺伝子(ZnKr-hi, ZnBr-C)の発現パターン。異なるアルファベットには有意差があることを示している。赤い矢印は,前兵隊への脱皮直後の高発現を示す。

図2.RNAiによる機能解析の結果。コントロール遺伝子(GFP)のノックダウン(左)と比較して,Met遺伝子のノックダウン個体は頭部や大顎が顕著に小さい。スケールバーは1 mm。