Maekawa Lab
Contents
1) Research Topics
2) Publications
3) Lectures
4) Grants & Awards
5) Members
6) Links

Research Topics [1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20, 21, 22, 23, 24]

22. シロアリの兵隊とワーカーの触角で発現する化学受容遺伝子

 シロアリのカースト分化や社会行動の適切な制御には,個体間相互作用を介したシグナル伝達が必須であることは良く知られています。実際に,ヤマトシロアリ Reticulitermes speratus では,カースト分化や行動を制御する複数のフェロモンが同定されています。しかし,フェロモンなどの外部環境のシグナル因子が,コロニー内の個体間でどのような機構によって授受されているかはよく分かっていません。一般に,昆虫におけるシグナル伝達は,感覚毛で受容したシグナル物質に運搬タンパク質が結合し,化学受容体タンパク質に運ばれることで作用します(図1)。したがって,カースト分化や社会行動が適切に行われるためには,これらの化学受容遺伝子がカースト特異的に働くことが重要であると考えられます。ゲノムが解読済みのヤマトシロアリ(トピックス21参照)では,化学受容遺伝子の多くは同定済みですが,その詳細な発現プロファイルや機能は調べられていません。そこで,シグナル受容の主な器官である触角(図2)に注目し,ワーカーと兵隊を用いた網羅的な遺伝子発現解析(RNA-seq)を行って,各カーストで特異的に発現する遺伝子の同定を試みました(Suzuki, Hanada et al. 2023)。
 ヤマトシロアリのゲノム情報を用いたRNA-seq解析の結果,本種の兵隊とワーカーの触角で発現差を示す化学受容遺伝子が見つかりました。発現差を示した3つの遺伝子は,いずれも兵隊の触角で高発現していました。続いて,各遺伝子の触角での特異的な発現を確かめるため,触角と触角を除いた頭部組織を用いて,リアルタイム定量PCR法による発現解析を行いました。その結果, 3遺伝子とも兵隊の触角で高発現することが確認されました(図3)。したがって,これら3つの遺伝子は,兵隊の社会行動における働きをもつと考えられます。最後に,3つの遺伝子が実際に体外環境からのシグナル受容に関与しているかを調べるため,通常のコロニーと異なる社会環境で飼育した個体を用いて,触角における発現解析を行いました。コロニー内の兵隊数は,ほぼ一定になるよう調節されているため,兵隊が通常よりも過多な状態では,カースト間や個体間の相互作用が変化すると考えられます。解析の結果,兵隊とワーカーの触角における3つの遺伝子の発現は,異なる社会環境 (即ち兵隊数の増加) により変動することが分かりました(図4)。これは,過剰な兵隊の存在により,兵隊やワーカーの個体間相互作用の対象や頻度が変化したことを反映している可能性があります。
 本研究により,ヤマトシロアリの兵隊で高発現する化学受容遺伝子が明らかになりました。これらの遺伝子は,兵隊の主要な役割である防衛行動に関係していることが考察されます。また,兵隊が多い環境では,これらの遺伝子の発現が大きく変動したことから,他個体との相互作用にも働いているかもしれません。今後は,3つの遺伝子の兵隊における機能解析を進めると共に,下流の経路を明らかにすることで,シロアリのコロニーにおける個体間相互作用を介したシグナル伝達機構の解明につながると考えられます。[花田拓巳・前川清人,2023年4月14日]

<参考文献>
Suzuki RH, Hanada T (equally contributed) et al. (2023) Insect Molecular Biology,
https://doi.org/10.1111/imb.12841


図1.昆虫の感覚毛におけるシグナル伝達機構の模式図。感覚毛で受容したシグナルは,運搬タンパク質と結合し,嗅神経の樹状突起上に存在する化学受容体タンパク質に運ばれる。受容体とシグナルが結合することで,細胞内にイオンが流入し,電気刺激としてシグナルが伝達される。


図2.ヤマトシロアリの兵隊の頭部の走査型電子顕微鏡写真。触角は10節以上の数珠状のセグメントからなる。スケールバーは0.5 mmを示す。


図3.3つの遺伝子のリアルタイム定量PCR解析の結果。触角のみと,触角を除く頭部組織で解析した。どの遺伝子も,兵隊の触角における発現量が有意に高いことが示されている。グラフ上のアルファベットは有意差を示し,異なる場合に有意であることを表す。


図4.3つの遺伝子のリアルタイム定量PCR解析の結果。兵隊の割合が数%の通常の巣内から回収した個体と,兵隊の割合を50%にして隔離飼育(3日間)した個体の触角で解析した。各カーストで発現パターンが異なっていることが示されている。グラフ上のアルファベットは有意差を示し,異なる場合に有意であることを表す。

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