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21. 遺伝子重複がシロアリの社会性進化の原動力である
シロアリは家屋に被害を与える害虫として知られますが,洗練された階級(カースト)制を特徴とする昆虫で,社会性の進化を研究するための卓越した研究材料です。シロアリはコロニーの中に,形態も役割も異なる個体,すなわち女王と王,兵隊,ワーカーが分業と協働を行い,コロニーの繁栄に寄与しています。このような高度な社会性の進化をもたらした機構の解明を目指して,私たちは日本に広く分布するヤマトシロアリReticulitermes speratus(図1)のゲノム情報の解読およびカースト別の大規模遺伝子発現解析を行いました(Shigenobu et al. 2022)。
その結果,シロアリの社会性の進化には,遺伝子の重複が重要な役割を果たしていることが明らかになりました。重複した遺伝子は,カーストごとに発現パターンが異なる傾向があることがわかりました(図2)。ゲノム上で隣接するよく似た遺伝子が,別のカーストで,例えば一方は女王で他方は兵隊で発現するような例が多数見つかりました。そのような重複遺伝子の機能は多岐にわたりますが,特に社会性に関連すると考えられる遺伝子が多く含まれていました。例えば,リポカリンは化学的コミュニケーション,セルラーゼは木材消化と社会的相互作用,ゲラニルゲラニルピロリン酸合成酵素は社会的防衛,リゾチームは集団免疫など,いずれもシロアリの高度で複雑な社会性の進化に関与している分子であると推定されました。この中のいくつかの遺伝子については,シロアリのどのカーストのどの部位で発現しているのかを詳細に調べました。その結果,これらの遺伝子はカースト特異的な器官に発現していました。
遺伝子重複が進化的イノベーションの原動力であることは,進化生物学の専門家の間では広く受け入れられている考え方です。社会性進化にも遺伝子重複が重要な役割を果たしている可能性については,ゲノム解読技術がまだ発達していなかった1990年台に,インドの昆虫学者ガダカール博士が先見的な指摘をしましたが,本研究はその仮説をゲノムワイドなデータで証明したということができます。では,遺伝子重複はどのようなステップを経て社会性の進化をもたらすのでしょうか?私たちは次のように考えています(図3)。1) 遺伝子がゲノム上でタンデムに重複し,遺伝子ファミリーの拡大が起こる。2) 遺伝子ファミリー内で遺伝子発現制御の多様化が生じ,カースト特異的な発現パターンを獲得する。3) それぞれのカーストで特異的な機能を獲得する。これは一般に重複遺伝子進化で観察される新規機能獲得もしくは機能分化を通した機構で起こる。
本研究によって,ヤマトシロアリでは遺伝子重複が社会性進化の原動力になったことが明らかになりました。遺伝子重複が社会性進化を駆動する,すなわちこれが社会性進化の一般原理かどうかを明らかにすることは,進化学やソシオゲノミクス研究分野における今後の重要な研究課題となるでしょう。また,ヤマトシロアリのゲノム情報は,防除のための基盤情報としても有用です。本研究で得られたゲノム情報や遺伝子発現情報は,国際的な公的遺伝子データベースDDBJに登録済(登録番号:PRJDB2984, PRJDB5589, PRJDB11323)であるだけでなく,基礎生物学研究所が設置したウェブサーバ上でゲノムブラウザ等にアクセスすることが可能です [Genome Browser]。[重信秀治・前川清人,2022年3月22日]
<参考文献>
Shigenobu et al. (2022) Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 119: e2110361119. [Open Access]

図1.A. 代表的なシロアリと近縁のゴキブリとの系統関係。ヤマトシロアリは赤で示す。B. ヤマトシロアリの発達初期のコロニーメンバー。中央の黒い2個体が翅を落とした生殖虫(女王と王)で,残りの個体は彼らの子供たち。左端の大きな顎を持つ個体が兵隊で,他はすべてワーカー。兵隊やワーカーには眼や翅はない。

図2.重複したセルラーゼ遺伝子群のゲノム上の位置とカースト別および雌雄別の遺伝子発現パターン。黄色と青色のグラデーションによるヒートマップは,サンプル間で標準化された発現量(Z-score)を表す。黄は高い,青は低い,黒は平均レベルであることを示す。

図3.遺伝子重複による,カースト特異的に発現する遺伝子の進化に関する仮説。シロアリの進化の過程で祖先遺伝子(A-C)が重複し,それぞれの遺伝子(A1やB1など)が別々のカーストで特異的に発現するようになる。