Maekawa Lab
Contents
1) Research Topics
2) Publications
3) Lectures
4) Grants & Awards
5) Members
6) Links

Research Topics [1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20, 21, 22, 23, 24]

5. シロアリにおけるカースト特異的な形態形成と幼若ホルモン

 幼若ホルモン(JH)と言えば,エクダイソンと共に昆虫の脱皮・変態において重要なホルモンとして有名です。トピックスIでも触れたように,シロアリのソルジャー分化の際には,このJHが働くことが知られています。ワーカーにJHを投与すると,人為的にプレソルジャーへの分化を誘導できるのですが,私達の研究室では,ヤマトシロアリのワーカーに様々な濃度のJH IIIを食べさせることで,ソルジャー特異的な形態形成とJHとの関係を調べてきました。これまでの研究で,ソルジャー特異的な形態形成の一つである大顎の伸長とJH投与量が比例的な関係にあること(トピックスI),大顎や額腺などの器官ごとにJHへの応答性が異なっていることを明らかにしてきました(Watanabe & Maekawa 2008)。更に研究を進めていくと興味深いことに,有翅虫への発生途上であるニンフでは,有翅虫形質とソルジャー形質の形態形成におけるトレードオフ的な関係が,体内のJH量を反映して起こるという可能性が明らかになってきました(Watanabe et al. 2010)。
 ヤマトシロアリの有翅虫は,ニンフと呼ばれる期間を6ステージ(N1〜N6)経た後に分化します(トピックスI,図1)。このニンフの段階の時に,翅・複眼・生殖巣など,母巣から飛び立って新たな巣を作るために必要な体づくりをしていきます。ネバダオオシロアリZootermopsis nevadensisを使った先行研究では,JHによってニンフの発生経路を強制的に変更してやると,インターカースト(発達途中の有翅虫形質を残しながら,ソルジャー特異的器官が発達する個体)が分化し,本来発達することの無いソルジャー特異的な器官が発達し,その代わりに有翅虫に特異的な器官の発達が抑制されるという現象が知られていましたが(Miura et al. 2003),どのような仕組みでこのトレードオフが起こるのかはわかりませんでした。
 そこで,ネバダオオシロアリよりニンフの齢が多く,JHと形態形成との関係に関する知見が豊富なヤマトシロアリを用い,様々な濃度のJH IIIを用いてニンフ各齢からインターカーストを誘導し,形態解析を行いました。その結果,有翅虫形質とソルジャー形質とのトレードオフは,発生が比較的進行した老齢のニンフにおいてのみ見られるということ,そしてその関係性が投与JH量によって決められているということが明らかになりました。図1は,インターカーストの体の各部位を計測し,主成分分析を行った結果です。N3からN5由来のインターカーストとは異なり,N6由来のインターカーストを示すプロットのみが第二主成分方向にばらついているのがわかります。この方向のばらつきに最も大きく影響を与えている形質が大顎長と翅(芽)長だったので,それらを抽出して比較したのが図2になります。この結果から,老齢ニンフにJHを与えた場合のみ,投与したJH量依存的にインターカーストの大顎は伸長し,逆に翅(芽)は退縮していくことがわかります。
 以上の実験結果から,インターカーストの形態形成に見られるトレードオフ的な関係は,JH量によって制御されている可能性が強く示唆されます。更に,若齢ニンフにおいてはトレードオフ的な関係が見られず,老齢ニンフにおいてのみ見られたということは,発生段階によって個体内のJH量が徐々に変化することを示しているとも考えられますし,カースト特異的器官のJHに対する応答性が徐々に変化するという可能性も考えられます。いずれにせよ,とっくの昔に発生運命が決められていた個体にも,JH量依存的なソルジャー特異的な形態形成が進行する可能性が残されていたという事実は,様々な形態多型にもとづく複雑な社会性の進化がどのように起きたのかという謎を探る手がかりになるかもしれません。[渡邊大,2010年5月19日]

<参考文献>
Miura T, Koshikawa S & Matsumoto T (2003) Journal of Morphology, 257: 22-32.
Watanabe D & Maekawa K (2008) Sociobiology, 52: 437-447.
Watanabe D, Shirasaki I & Maekawa K (2010) Applied Entomology and Zoology, 45: 377-386.

図1.ニンフ各齢と誘導したインターカースト,有翅虫,プレソルジャー,ソルジャーの形態計測にもとづいた主成分分析の結果。ニンフの各齢は,+:N2,□:N3,◇:N4,△:N5,○:N6で示してある。色の付いたプロットは誘導したインターカーストを示しており,色の濃淡は投与したJHの濃度を示している。

図2.(a)ニンフ各齢と誘導したインターカーストの翅(芽)長。白いカラムが元齢,黒いカラムが次齢を示している。灰色のカラムは誘導したインターカーストを示しており,色の濃淡は投与したJHの濃度を示している。カラムの上のアルファベットはチューキーの多重検定の結果を示しており,同じ文字のカテゴリー間には有意な差がないことを示している。(b)ニンフ各齢と誘導したインターカーストの左大顎長。グラフの見方は(a)と同じ。なお,右大顎長も同様の結果だった。

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