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19. シロアリの性決定遺伝子は特殊な進化を遂げている
昆虫の性は細胞ごとに独立に決定されます。完全変態昆虫(サナギのステージをもつ昆虫)では,性染色体構成などに応じて性決定遺伝子doublesex (dsx) が異なるスプライシング(遺伝子の転写物をつなぎ変えるなどの加工のこと)を受けることで,標的遺伝子の転写調節というdsxの機能に性差が生じ,性分化がもたらされます(図1)。このようなdsxの性決定機能は昆虫全体で共通すると考えられ,実際に一部の不完全変態昆虫(サナギのステージをもたない昆虫)や,昆虫と共通の祖先を有する節足動物(ミジンコなど)においても確かめられてきました。一方で,不完全変態昆虫の一部では,dsxが雌雄で異なるスプライシングを受けないことや,ミジンコなどの節足動物では,オス(あるいはメス)でしか転写されないことなどが明らかにされ,dsxの制御様式が当初の予測よりも多様であることがわかってきました。また,公共データベースでの探索の結果,シロアリを含むいくつかの不完全変態昆虫には,dsxが見つからないことも報告されました(Price et al. 2015)。そこで私たちは,シロアリ7種と,シロアリの姉妹群であるキゴキブリ1種のゲノムやトランスクリプトーム(全発現遺伝子)データを対象に,dsxを丁寧に探索しました。その結果,DNA配列の特徴や染色体上の配置から,シロアリ1種を除く全てでdsxを特定しました(Miyazaki et al. 2021)。
各種dsxのスプライシングの有無やパターンを調べるために,遺伝子クローニング(目的の遺伝子と同一の配列をもつDNA断片を得る操作)を行いました。また,dsxの制御様式を明らかにするために,カースト間や雌雄間での遺伝子発現解析を遂行しました。キゴキブリのdsxは,これまでに報告されている他の昆虫種がもつ2つの保存ドメイン(Oligomerization Domain 1 (OD1) とOD2)を有し,性特異的なスプライシング制御を受けていました。したがって,チャバネゴキブリなどの既知の昆虫種と同様の特徴をもつことがわかりました(図2)。一方で,シロアリ6種のdsxにはOD1しか確認されず,性特異的なスプライシング制御は受けていないことがわかりました。興味深いことに,ゲノムが解読済みの4種のシロアリ全てで,dsxは単一のエキソンのみで構成されていることも確かめられました。さらに,ヤマトシロアリとタカサゴシロアリでは,各性のカーストや胚からRNAを抽出して遺伝子発現解析を行い,dsxがオスでのみ発現することを明らかにしました。これらの結果は,シロアリのdsxがオス特異的に転写されることを示しています。なお,ヤマトシロアリでは,dsxの転写を制御する上流の候補因子の探索も試みましたが,特定には至りませんでした。
シロアリdsxにおける機能ドメインOD2の喪失,エキソンの単一化,オス特異的な転写制御の獲得は,亜社会性のキゴキブリとの共通祖先からシロアリが進化した初期の段階で生じたと考えられます(図3)。これらの3つの進化学的変化がどのような順で生じたのか,またシロアリの高度な社会性の進化にどのような影響を与えたのかを明らかにするためには,系統学的に祖先的なシロアリのグループ(ムカシシロアリ)を加えた比較研究や,dsxの機能解析を実施することが必要になります。さらに,シロアリdsxの標的遺伝子や,オス特異的な転写を制御する上流の因子を特定することにより,他の昆虫では見られない特殊な性決定様式を明らかにすることが可能になると考えられます。[宮崎智史・前川清人,2021年10月14日]
<参考文献>
Miyazaki et al. (2021) Scientific Reports, 11: 15992.
Price et al. (2015) Scientific Reports, 5: 1-9.
Wexler et al. (2019) eLife, 8: e47490.

図1.モデル昆虫であるキイロショウジョウバエの性決定におけるdsxの役割。灰色の領域は,タンパク質に翻訳されない部分を示し,白の領域は,タンパク質に翻訳される部分を示す。黒の領域はOD1を示し,斜線,赤,青の領域は,それぞれ雌雄に共通,メスに特異的,オスに特異的なOD2を示す。性櫛は,オスの前脚のみで列状に配置された剛毛である。厳密には,キイロショウジョウバエの性はX染色体の数に応じて決定される。

図2.シロアリの姉妹群で亜社会性のキゴキブリとヤマトシロアリにおけるdsxの転写産物。写真は,キゴキブリの成虫ペアと,ヤマトシロアリの女王と王(矢尻で示す)による創設初期のコロニー。

図3.社会性の進化と関連したシロアリdsxの進化学的変化。*チャバネゴキブリのデータは,先行研究(Wexler et al. 2019)を元にしている。