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3. シロアリにおける「ツノ」の形成
社会性昆虫として知られるシロアリには,形態や行動が異なるカーストが存在します。特に,顕著な武器を発達させた兵隊(ソルジャー)の存在は,シロアリが持つ社会性の大きな特徴の一つです (図1)。現生のシロアリはゴキブリに近縁であり,現在のところ7科に分けられています。祖先的な分類群で生産される兵隊は,肥大化した頭部や大顎を使った物理的な防衛行動を行いますが,派生的な分類群(特にシロアリ科)で生産される兵隊は,額腺と呼ばれる腺組織を頭部に発達させ,合成した化学物質(テルペン類など)を外敵に塗りつけたり,吹きかけたりする化学的な防衛行動を示します。特に,シロアリ科のうちテングシロアリ亜科に属する種の兵隊は,額腺の開口部が頭部のツノ(nasusと呼ばれる)の先端に位置し,額腺物質を外敵めがけて噴射します。額腺やnasusは,兵隊に分化する際に新たに形成される器官です。このようなカースト特異的な形態形成を明らかにすることは,カーストが生じた進化的な背景や分化のメカニズムを理解する上で重要であると考えられます。
シロアリの兵隊は種によって様々な形態を示しますが,何れの種の兵隊も職蟻(ワーカー)からの2回の脱皮を経て分化します。職蟻から脱皮した前兵隊(プレソルジャー)は,兵隊の基本的な形態を保有しており,後に必ず兵隊へと脱皮します。したがって,額腺やnasusなどの兵隊を特徴づける形態の形成は,職蟻から前兵隊への脱皮の際に形成されることになります (図2)。この脱皮には,昆虫ホルモンの一つである幼若ホルモン(juvenile hormone: JH)が重要な役割を担うことが古くから知られています。ただし,テングシロアリ亜科のシロアリは飼育が難しいこともあり,人為的な前兵隊の分化誘導実験は殆ど行われていません。そこで私たちは,本亜科に属する唯一の本邦種であるタカサゴシロアリNasutitermes takasagoensis を材料に,様々なJHやJH類似体を用いて前兵隊の分化を誘導し,額腺やnasusの形成メカニズムを明らかにすることを試みています。結果の一部を以下にご紹介します。
まず,本種のカースト分化経路を元に,雄の職蟻に対して様々なJHおよびJH類似体を投与し,前兵隊への分化誘導効率を比較しました。その結果,JH類似体の一種であるハイドロプレンを用いると,最も効率的に前兵隊の分化を誘導できることが明らかとなりました。薬剤を投与後,約2週間で腹部が白色化(gut purgeと呼ばれる)した個体が観察され,その全てが1週間以内に前兵隊へと分化しました。前兵隊への脱皮前には,頭部の新しいクチクラ上にnasusの原基が見られると同時に,内部では額腺の腺細胞が発達している様子が観察されました (図3)。したがって,前兵隊への脱皮が決定して約1週間以内に,兵隊を特徴づける劇的な形態変化が,頭部の内外で同時に起こることが強く示唆されます。
頭部に顕著なツノを持った昆虫は,カブトムシなどの甲虫類で多く知られています。これらのツノはクチクラが突出して形成されますが,モデル昆虫であるショウジョウバエで詳しく調べられている脚形成と同様のメカニズムが働いている可能性が示唆されています。タカサゴシロアリの兵隊がもつnasusは,クチクラが突出した「ツノ」でありながらも,内部には噴出器としての機能も合わせ持っています。したがって,前兵隊の分化に伴うnasusと額腺の形成が,甲虫類のツノ形成とどこまで共通性があるのかは大変興味深い問題です。今後は,ツノ形成に関与すると考えられている様々な形態形成遺伝子の発現解析をタカサゴシロアリで進めることで,昆虫におけるツノ形成の共通性や多様性に迫れるのではないかと考えています。[前川清人,2009年3月30日]
<参考文献>
Toga K, Hojo M, Miura T, Maekawa K, 2009. Zoological Science, 26: 382-388.

図1.様々な種の兵隊。(A) ネバダオオシロアリ (B) ヤマトシロアリ (C) タカサゴシロアリ (D) ニトベシロアリ (E) オーストラリア産のシロアリ科の1種。スケールバーは1 mm。

図2.職蟻から兵隊への分化。どの種の兵隊も,職蟻から2回の脱皮を経て分化する。兵隊を特徴づける形態の形成 [タカサゴシロアリの場合はnasusや額腺の形成 (A),ヤマトシロアリの場合は頭部の肥大化や大顎の伸長 (B)] は,職蟻から前兵隊への脱皮時に観察される。スケールバーは0.5 mm。

図3.タカサゴシロアリの前兵隊分化に伴う特異的な形態形成。職蟻へのJH類似体の投与により,兵隊を特徴づけるnasus原基の形成 (A) および額腺の発達 (B) が観察された。組織切片の作製方向を左下に示す。スケールバーは0.25 mm (A) および0.1 mm (B)。