Maekawa Lab
Contents
1) Research Topics
2) Publications
3) Lectures
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5) Members
6) Links

Research Topics [1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20, 21, 22, 23, 24]

18. シロアリの兵隊分化を決定する遺伝子と個体間相互作用

 社会性(個体間で明確な繁殖上の分業をもつ)の生活様式を成り立たせるには,個体間の強い結びつきが必要です。シロアリは,系統的にはゴキブリ類に含まれ,家族性(親が子の世話をする)のゴキブリとの共通祖先から進化したグループです。しかし,ゴキブリ様の祖先群が,どのようにして社会性を獲得したのかは,未だに謎のままです。社会性の進化において,最も重要なステップは,自らは繁殖しない不妊個体の獲得です。シロアリでは,巣の防衛を担う兵隊が,進化の過程で最初に獲得された不妊個体であると考えられています。そのため,兵隊の分化のしくみは,シロアリが社会性を進化させた背景を理解する上で必須の情報です。近年,私たちは,脱皮にかかわるホルモン(幼若ホルモン)の下流で働く,兵隊分化に重要な遺伝子経路を発見しましたが(トピックス16参照),より上流で兵隊分化のスイッチとして働く因子は不明でした。兵隊への分化には,個体間コミュニケーションの重要性が古くから示されてきましたので,それらの行動を調節する因子が特に注目されます。
 シロアリは,ふつう一夫一妻で営巣し,女王は1ヶ月ほどで10から20個ほどの卵を産みます。その後しばらくの間(初期巣とよばれる段階)は,女王と王が協力して子虫を育てます(図1)。子虫は,ふつう3齢以上になるとワーカーとして働き,巣内での様々な仕事に従事します。ネバダオオシロアリの初期巣では,最も成長が進んだ3齢個体(No. 1とする)が,女王と王から腸内容物を高頻度に受け渡された結果,前兵隊とよばれる中間段階を経て兵隊に分化することがわかっています(図2)。一方,No. 1よりも若い個体(No. 2以降)は,女王や王からの腸内容物の受け渡し頻度は少なく,やがて4齢個体に脱皮します(トピックス10参照)。本研究では,社会行動を介した兵隊分化のしくみを明らかにするために,基礎生物学研究所の共同利用機器である次世代 DNA シーケンサー(大規模塩基配列解読装置)を用いて,No. 1とNo. 2の発生初期で発現する遺伝子群を網羅的に比較しました(Yaguchi et al. 2018)。
 その結果,No. 1で特異的に高発現する遺伝子が見い出されました。この遺伝子は,フェロモンなどの難水溶性の物質を運搬する働きを持つリポカリンタンパク質をコードしていました。遺伝子データベースを使って調べたところ,基本的にどの昆虫もこの遺伝子をもっていることがわかりました。ただし,各昆虫がもつ遺伝子を比較すると,シロアリとキゴキブリ(シロアリに最も近い現生のゴキブリ,トピックス17参照)では,配列が特徴的に変化していました。この遺伝子がコードするリポカリンタンパク質の局在を調べたところ,No. 1の腸の上皮細胞にあることが分かりました。さらに,RNA干渉法を用いて,No. 1での遺伝子の働きを抑制したところ,No. 1の半数以上がワーカーに脱皮し,兵隊の分化率が有意に減少しました(図2)。撮影された動画を用いて,この時期のNo. 1の行動を観察すると,ワーカーに脱皮したNo. 1では,女王からの腸内容物の受け渡し頻度が著しく減少していました(図3)。

 本研究により,No. 1が兵隊に分化するためのスイッチとして働く遺伝子が初めて特定されました。この遺伝子産物(リポカリン)は,女王との社会行動を制御することで,兵隊への分化を促すことが明らかになりました。興味深いことに,シロアリとキゴキブリの初期巣の社会構造は,兵隊の有無以外は極めて類似しており,どちらの親虫も腸内容物を受け渡すことで子虫に給餌します。シロアリにおける不妊個体(兵隊)の進化には,リポカリン遺伝子が獲得した新たな機能(雌成虫との社会行動のパターンを制御する)が重要だったのかもしれません。[前川清人・矢口甫,2019年11月25日]

<参考文献>
Yaguchi et al. (2018) Proceedings of the Royal Society B, 285: 20180707.


図1.ネバダオオシロアリの生殖虫(女王と王)が営巣した初期の巣。茶褐色の個体が生殖虫,白色の個体がワーカー,茶色の頭部と肥大化した大あごをもつ個体が兵隊。


図2.初期巣のNo. 1(最も早く3齢になった個体)とNo. 2(2番目に3齢になった個体)の発生運命。No. 1は,前兵隊を経て兵隊に分化する。一方No. 2は,4齢個体に脱皮し,ワーカーとして働く。No. 1で特異的に発現するリポカリン遺伝子の発現を抑制すると,No. 1から4齢個体に脱皮する個体の割合が有意に増加した。


図3.女王からNo. 1に対する腸内容物の受け渡し行動の観察例。リポカリン遺伝子の発現抑制により,4齢個体に脱皮することになったNo. 1では,この行動の頻度が顕著に低下した。女王とNo. 1には,腹部の背面にそれぞれ白と黒のマークがつけられている。

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