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17. 姉妹群のキゴキブリとの比較により,カースト分化の中枢となるホルモンシグナルを発見
シロアリの兵隊は自ら繁殖をせず,利他的に振る舞う不妊カーストです。昆虫の社会性の進化を理解する上で,このような不妊カーストがどのようなしくみで獲得されたのかを明らかにすることは,最も重要な課題であると言えます。しかしながら,特にシロアリでは,未だ不明な点が多く残されています。その一因として,シロアリでは全ての現生種が真社会性を示し,不妊カーストを持たない種との比較解析が不可能であることが挙げられます。そこで本研究では,アメリカの研究者とも協力し,現生のシロアリに最も近縁で,祖先を共有するキゴキブリ(カーストを持たない)に注目しました。キゴキブリCryptocercus punctulatusとゲノム解読済みのネバダオオシロアリZootermopsis nevadensisとの比較解析により,兵隊の獲得に寄与したと考えられる遺伝子の探索を試みたわけです。具体的には,特殊な形態変化を伴う脱皮(すなわち兵隊分化)をもたらす幼若ホルモン(JH)と脱皮ホルモン(エクダイソン)のシグナル経路を解析しました(Masuoka et al. 2018)。
まず,キゴキブリの若齢個体に対して,幼若ホルモン類似体(JHA)処理を行ったところ,次の齢への幼虫の脱皮が促進されることが明らかになりました。一方,既に知られていた通り,シロアリのワーカーに対するJHA処理は,前兵隊への脱皮を強く促しました。続いて,これら両者で見られるJHAによる脱皮の促進効果は,JH受容体遺伝子であるMetの機能阻害によって抑制されることが示されました(図1)。したがって,JH受容体Metを介したシグナル経路の活性化が脱皮を促すことは,シロアリとキゴキブリで共通すると考えられます。次に,シロアリだけに観察される特殊な形態形成(大顎や頭部の肥大化)をもたらすシグナル経路を探索しました。Metの機能阻害で影響を受けるエクダイソンシグナルに注目し,シロアリとキゴキブリで発現パターンの違う遺伝子を探索したところ,転写因子HR39が見い出されました。シロアリのワーカーにJHA処理を行った上で,HR39遺伝子の発現を抑制した結果,脱皮には特に影響はみられなかったものの,特殊な形態形成は強く抑制されることが明らかになりました。したがってシロアリは,Metを介したJHによる脱皮を促進するしくみ(キゴキブリと共通する)に加え,JH-Metの下流で,HR39を含むエクダイソンのシグナルが形態改変を司るしくみ(シロアリだけで見られる)をもつ可能性があります(図2)。
本研究で明らかになったしくみこそ,シロアリが不妊カースト(=兵隊)を獲得し,社会性を進化させた重要な要因になったと考えられます。今後,HR39シグナルの前後で働く因子の解明など,更なる詳細な解析が求められます。[前川清人・増岡裕大,2019年11月25日]
<参考文献>
Masuoka et al. (2018) Genetics, 209: 1225-1234.

図1.実験の概略図(上)。ネバダオオシロアリとキゴキブリの未成熟個体に幼若ホルモン(JH)類似体を処理した。JH受容体遺伝子(Met)またはコントロール遺伝子(GFP)の二本鎖RNA(dsRNA)を注入した後,それぞれの脱皮率を比較した。両種とも,MetのdsRNAを注入した場合には脱皮率が減少した(下)。*は有意差があることを示す。

図2.キゴキブリとシロアリの脱皮にかかわるシグナル経路の予想図。兵隊の分化は,特殊な形態(武器)形成を伴う脱皮であり,HR39を含む脱皮ホルモン(エクダイソン)の特異的なシグナルが働く可能性がある。