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7. シロアリの兵隊による新たな兵隊分化の調節
シロアリの兵隊(ソルジャー)は,コロニーの防衛上,必要不可欠な存在です。しかし兵隊は,特殊な武器形態を発達させており,自ら餌をとることができません。コロニー内の兵隊数はほぼ一定に保たれているため,兵隊分化を調節する何らかのメカニズムが存在すると考えられますが,詳細は不明のままです。
シロアリの兵隊分化は,ワーカーから前兵隊(プレソルジャー)を経る2回の脱皮が必要です(トピックIII参照)。幼若ホルモン(juvenile hormone: JH)を外部から人為的に投与することで,ワーカーから前兵隊への分化を引き起こすことができます(トピックV参照)。この時,既に存在する兵隊がワーカーにいかなる影響をもたらすかを調べることで,兵隊自身が新たな兵隊分化を調節するのか否かを検討することができると考えられます。そこで私たちは,ワーカーから前兵隊への分化時に,兵隊の存在がワーカーに与える生理変化を明らかにするために,ヤマトシロアリReticulitermes speratusのワーカーに対するJH投与実験とワーカーのJH量の経時的な定量を試みました (Watanabe et al. 2011)。
まず,兵隊の存在が,ワーカーからの前兵隊の分化率を有意に減少させることを確かめました(図1)。続いて,兵隊の存在および非存在下でのワーカーのJH量の変化を解析しました。JH量の測定は,JHを投与後0,5,10,15日後にワーカーを回収し,液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)を用いて行いました。その結果,JHを投与して5日後のみ,兵隊の存在下でのワーカーのJH量(投与したJHと内在性JHの両方を含む)が,兵隊の非存在下でのJH量よりも有意に減少していました(図2)。JHを投与して10日および15日後には,兵隊の存在による影響は検出されませんでした。最後に,兵隊の存在がワーカーに影響を与える接触期間を明らかにすることを試みました。ワーカーにJHを投与した後に兵隊との接触期間を変えると,2日間のみ兵隊と同居していたワーカーでも前兵隊の分化は抑制される傾向が見られ,4-12日間の同居の効果に差はなく,非同居区のワーカーと比較して有意に前兵隊の分化が抑制されることが示されました(図3)。
以上の結果から,兵隊の存在はワーカーに迅速に伝達され,ワーカーのJH量を減少させることにより,新たな前兵隊の分化が抑制されることが示されました。いかなる因子が,ワーカーのどのような遺伝子あるいは遺伝子経路の変化を引き起こしているのか,更に解析を進めています。[前川清人,2011年11月21日]
<参考文献>
Watanabe D, Gotoh H, Miura T & Maekawa K (2011) Journal of Insect Physiology, 57: 791-795.

図1.各濃度のJHをワーカーに投与した際のプレソルジャー分化誘導率 (n=6)。兵隊の有無により,誘導率に有意な差が検出された (generalized Wilcoxon test, P < 0.05)。矢尻で示した経過日において,ワーカーのJH量を測定した。

図2.各濃度のJHを投与した後のワーカーのJH量の変化。5個体から抽出したJHサンプルを各8ずつ測定した (=40個体)。どちらの濃度で処理した場合も,JHを投与して5日後のみ,10個体の兵隊が存在する方(黒いバー)が,存在しない方(白いバー)よりも,ワーカーのJH量が有意に低下した [**: P < 0.01, ns: not significant (Welch's t-test)]。
図3.10個体の兵隊の存在下でJH(40 ug)を投与して,20日後のワーカーからのプレソルジャー分化率 (n=5)。JHを投与後2-12日目に兵隊を取り除くと,4日以上兵隊と接触していたワーカーからの前兵隊分化率は,兵隊と接触していないワーカーからの分化率(白いバー)より有意に低下した。同じアルファベットには有意差がないことを示す (P < 0.05, Tukey's test)。