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6. 子育てをするゴキブリの家族生活−エサキクチキゴキブリの親から子への栄養交換行動−
親が子供の世話をするという行動は,動物界で広く見られる基本的な社会行動と言えます。そのような「亜社会性」の昆虫類は,ハサミムシ・カメムシ・甲虫の一部などでも知られています。害虫として嫌われるゴキブリにも,親が子供の世話をしながら数年にわたる家族生活を送り,森の朽木の中でひっそりと暮らしているものがいるのです。
その代表例であるキゴキブリ属 Cryptocercus(キゴキブリ科)は,餌であり住処でもある朽木内で,一生の大半を過ごします。このゴキブリは,高度な社会性を持つシロアリに最も近縁であることが示されており,腸内に共生原生生物を保有することなどの多くの生態上の類似点をもつことから,シロアリの祖先的な姿を留めているとされています(トピックスII参照)。キゴキブリやシロアリの社会では,個体間での栄養交換行動(肛門食や口移しの給餌)が頻繁に見られますが,その際に腸内の共生原生生物や栄養分が受け渡されていると考えられています。このような個体間の栄養交換行動は,両者が示す家族を基本とした社会性の進化と深く関わっていると考えられてきました。一方,これらとは系統的には離れていますが,類似した生態を示すのがクチキゴキブリ属Salganea(オオゴキブリ科)です。このゴキブリも一生のほとんどを朽木に依存し,一夫一妻とその子供から構成される家族で生活しています。従って,キゴキブリとは遠縁のクチキゴキブリは,シロアリの社会性進化を考える上での収斂進化モデルとなる貴重なグループです。クチキゴキブリの栄養交換行動に関しては,一種でのみ記載的な報告(口移しの給餌)があります(Maekawa et al., 2008)。しかし,未交尾の成虫を用いた人為的な繁殖の成功例はなく,子供であることが確実な若齢若虫の採集も難しいことや,恒暗かつ閉鎖的な朽木内の行動を詳しく観察することも困難なため,その給餌行動の詳細や意義は全く不明でした。
そこで私達は,エサキクチキゴキブリの生息域である九州において,ペアリング時期と考えられる期間にやや日数をかけて探索し(2009年4〜5月),子供を産む前の成虫ペアを数多く採集しました。研究室に持ち帰ってしばらく維持した後,子供を産んだ4家族(雌雄成虫と2齢または3齢の若虫を含む)の行動を観察することにしました。容器の下から撮影する装置を作り,赤色光下でデジタルカメラを用いて計6時間記録しました(図1)。その結果,親から子に対する口移しの栄養交換の現場を捉えることに初めて成功しました(Shimada & Maekawa, 2011)。
成虫は,雌雄ともに同程度の頻度で若虫に対して栄養交換を行っていました(表1)。父親も母親も,同じように子供に給餌していると考えられます。多くの場合,成虫の背側に留まっていた若虫が,成虫の口器付近に自ら接近して栄養交換を要求していました(動画1)。また,複数の若虫が1匹の親から同時に栄養交換を受けることも確認されました(動画2)。興味深いことに,成虫はしばしば若虫からの栄養交換を拒絶しました(動画3)。これは「親子間の対立」を表している可能性があり,親成虫は次の繁殖を行うために子虫の自立を促しているのかもしれません。トピックスIIで述べたように,エサキクチキゴキブリの1齢若虫は晩成性発達を示し,木材を消化するための木材消化酵素(セルラーゼ)をほとんど分泌しておらず,クチクラ外皮や複眼の発達も極めて未熟です。1齢若虫を親から引き離すと死亡率の上昇と発育の遅延が起こる(Maekawa et al., 2008)ことからも,親から1齢若虫への口移しの栄養交換行動は,その生存と正常な成長に極めて重要であると考えられます。今回観察した2・3齢若虫では,自力での木材の摂食や糞食よりも,親から受ける栄養交換の方が高い頻度で見られました(表1)。3齢若虫では,既に成虫と同程度にセルラーゼを分泌していることから(Shimada & Maekawa, 2008),彼らに対する栄養交換の役割は,硬い木材を噛み砕く物理的コストを軽減するためにあるとも考えられます。
今後さらに解析を進め,クチキゴキブリの栄養交換で何が受け渡され,どのような生態的意義があるのかを明らかにすることで,ゴキブリやシロアリで見られる社会性の進化と栄養交換行動の発達との関係を解き明かすことが出来るのではないかと考えています。[嶋田敬介,2010年6月14日]
<参考文献>
Maekawa K, Matsumoto T & Nalepa CA (2008) Insectes Sociaux, 55: 107-114.
Shimada K & Maekawa K (2008) Sociobiology, 52: 417-427.
Shimada K & Maekawa K (2011) Entomological Science, 14: 9-12.

図1.(A) 行動を観察したエサキクチキゴキブリの家族。色が薄い小さな個体が2齢または3齢若虫で,黒い大きな個体が成虫である。本種の成虫は短翅型であり,飛ぶことは出来ない。(B) 観察された親子間の栄養交換行動。成虫の口器に複数の若虫が集まっている(矢尻)。大きな前胸背板で口器付近が隠れないように,容器の下から撮影した。餌の木片と糞粒も写っている。(C) 行動観察に用いた撮影装置。LEDランプ(佐藤武司氏提供)を用いた赤色光下で,固定した透明なプラスチック板の上にクチキゴキブリが入った容器を置き,下からデジタルカメラで撮影した。


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