Maekawa Lab
Contents
1) Research Topics
2) Publications
3) Lectures
4) Grants & Awards
5) Members
6) Links

Research Topics [1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20, 21, 22, 23, 24]

24. 性決定遺伝子はシロアリの系統内で複雑に進化している

 昆虫では,性決定経路が性的形質の発達に重要な役割を果たします。性決定経路に含まれる転写因子のDoublesex(Dsx)は,昆虫種間で配列や機能の保存性が特に高く,多くの完全変態昆虫類で性分化を制御する遺伝子であることが報告されています。不完全変態昆虫類のDsxに関する情報は少ないですが,いくつかの種で性的形質の発達制御に関与することは知られています。したがって,シロアリの性的形質の発達調節の分子基盤を解明する上で,Dsxが重要な制御因子になる可能性があります。ヤマトシロアリReticulitermes speratusDsxは,単一エクソン構造で雄特異的に転写され,他の昆虫とは大きく異なる特徴をもつことが明らかになっています(トピックス19参照)。しかし,これらの特徴が他種のDsxにも見られるかは不明です。そこで,複数のシロアリ種でDsxを探索し,それらの特徴を比較しました。その結果,シロアリ系統内でのDsxの特徴の共通性と相違性が明らかになりました(Fujiwara et al. 2024)。
 まず,複数のシロアリ種(ネバダオオシロアリZootermopsis nevadensis,サツマシロアリGlyptotermes satsumensis,タイワンシロアリOdontotermes formosanus)のトランスクリプトームデータを用いてDsxを探索したところ、3種の全てでDsxが同定されました。ただし,ヤマトシロアリと同様に,Dsxの2つの保存ドメイン(Oligomerization Domain 1 (OD1) とOD2)のうち,OD2は見つかりませんでした。また,サツマシロアリからは2つのDsx配列が得られました。OD1配列を用いて分子系統解析を行ったところ,他の昆虫のDsxと同一のクレードに属することが分かりました(図1)。
 次に,各種Dsxのエクソン構造を調べるために,ネバダオオシロアリとサツマシロアリ,さらにオオシロアリHodotermopsis sjostedtiを用い,ゲノムDNAとcDNAを鋳型にPCRを行って断片長を比較しました。その結果,ネバダオオシロアリとオオシロアリでは,PCR産物のサイズが異なり,Dsxが複数エクソンで構成されていることがわかりました(図2)。さらに,これら2種では,雄個体から抽出したゲノムDNAでないと増幅しない(雌ゲノムDNAでは増幅しない)ことが確かめられました(図2)。
 続いて,Dsxの染色体上の位置を調べるために,ゲノム情報のある種で遺伝子の並び(シンテニー)を比較しました。その結果,ネバダオオシロアリとダイコクシロアリ属の1種Cryptotermes secundusでは,昆虫で保存されるシンテニー(prospero - Dsx - UTX)が見られないことがわかりました(図3)。
 最後に,各種でDsxの発現レベルを比較しました。その結果,ネバダオオシロアリ,オオシロアリ,タイワンシロアリのDsxは,ヤマトシロアリ同様に雄個体でのみ発現することがわかりました(図4)。一方,サツマシロアリとC. secundus(同じレイビシロアリ科に属し,Dsxが2つ見つかる)のDsxは,両性で発現することが分かりました(図4)。
 以上より,シロアリがもつDsxの特徴の共通性と相違性が明らかになりました(図5)。特に,カースト分化のパターンが異なるグループ間で,Dsxの特徴に顕著な違いが見られたことが注目されます。すなわち,直列型(どの個体も基本的に有翅虫に分化できるポテンシャルをもつ)と早期二分岐型(発生の早い段階で無翅のワーカーに分化する個体が決まる)の種間では,Dsxの染色体上の位置や発現パターンが大きく異なることが明らかになりました(図5)。これらのグループでは,発生に伴う生殖腺の発達の仕方が大きく異なりますが,発見されたDsxの特徴がどのように影響するのか,今後の解析が必要になります。[藤原克斗・前川清人,2025年3月10日]

<参考文献>
Fujiwara et al. (2024) Comparative Biochemistry and Physiology - Part D: Genomics and Proteomics, 52: 101297.
[Open Access]


図1.昆虫の既知のOD1配列を用いた最尤法による分子系統樹。数値は1000回のブートストラップ確率を示す。シロアリで同定された配列は,ショウジョウバエやゴキブリのDoublesex (Dsx)と同じクレードに含まれることが確認される。


図2.各種DsxのPCR産物のアガロースゲル電気泳動像。ゲノムDNAは雌雄それぞれ3個体ずつから用意した。cDNAは雌雄を同数ずつ使用して作製した。赤矢尻は増幅産物の位置を示す。各図の下のパネルは,ベータアクチン遺伝子の増幅結果を示す。


図3.各種のゲノム配列上のシンテニー。ネバダオオシロアリとダイコクシロアリ属の1種では,prosperoUTXの間にDsxが見つからない。*は先行研究の結果を示す。


図4.各種のDsxの発現パターン。ダイコクシロアリ属の1種は公共データベースのトランスクリプトームデータを用い,それ以外の種はリアルタイム定量PCR法で解析した。サツマシロアリとダイコクシロアリ属の1種では,雌個体でもDsxの発現が確認される。


図5.シロアリで見られるDsxの特徴。直列型のカースト分化経路をもつ種のDsxには,さまざまな特徴が見られる。*最新の分類体系(Hellemans et al. 2024)では,それぞれ異なる科の分類群として認識される。

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