Research Topics [1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20, 21, 22, 23, 24]
4. シロアリで見られる繁殖上の分業
利他行動を伴う真社会性がなぜ進化したのかは,ダーウィンの時代から注目されてきた問題です。シロアリの社会には,繁殖を行う個体(女王や王)と行わない個体(ワーカーやソルジャー)がいますが(図1),この繁殖上の分業こそ,高度で複雑な「真社会性」の最大の特徴と言えます。では,実際のシロアリのコロニーの中で,この繁殖上の分業が成立するには何が重要なのでしょうか。また,それはどのように成立しているのでしょうか。
野外で見られる成熟したコロニーでは,個体間の分業体制によってコロニーが維持されます。つまり,女王と王(一次生殖虫)が繁殖をほぼ独占し,その子供たちであるワーカーが育児・採餌を,ソルジャーが巣の防衛を行います。しかし,コロニーが創設された当初はワーカーがいないため,一次生殖虫は,育児を含む全ての仕事を行うことになり,繁殖に専念することはできません。特に,シロアリが餌とする木材は,硬い上に栄養が乏しく,消化することも難しい餌資源です。幼虫に対しては,体内で消化して得た栄養分を肛門食などにより直接与える必要があるので,育児には大きな手間がかかると考えられます。その後に,コロニーが拡大してワーカーが増えてくると,一次生殖虫は育児から解放され,繁殖に力を注ぐことができるようになると考えられます。このような育児の担い手の変化が,シロアリの真社会性の進化に重要であったと考えられていますが,それを支持するような科学的な証拠はほとんどありませんでした。
そこで,この考えを支持する証拠を探し出すことを目指し,研究室内でヤマトシロアリReticulitermes speratusのコロニーを創設させ,コロニーの発達に伴って一次生殖虫の「繁殖形質」と「木材の摂食能力」がどのように変化するのかを調べました。その結果,コロニーを創設する前の有翅虫の段階では,繁殖形質は発達しておらず,木材の消化に必要な酵素(セルラーゼ)の遺伝子発現量も低いことが分かりました。一次生殖虫が積極的に育児を行っていると考えられる時期[コロニー創設から30日後(産卵期)・50日後(幼虫期)・100日後(ワーカー期I)]では,卵巣や精巣はあまり発達していませんでしたが,セルラーゼの遺伝子発現量は顕著に高くなっていました。一方,ワーカーが100匹を超えるような発達したコロニー[コロニー創設から400日後(ワーカー期II)(図1)]の一次生殖虫や野外の二次生殖虫(一次生殖虫が死んだ後に出現する繁殖個体)では,卵巣や精巣は顕著に発達していましたが,セルラーゼ遺伝子の発現量は有意に減少していました(Shimada & Maekawa, 2010)(図2, 3)。
これらの結果は,繁殖形質と木材の摂食能力の間にトレードオフの関係があることを明確に示しており,コロニーの発達(ワーカーの増加)が,女王と王における繁殖形質の発達と木材の摂食能力の減少に関わっているということを強く示唆しています。これは,育児の担い手の変化が,社会性の発達に重要であるとする上述の考えと一致しています。つまり一次生殖虫は,ワーカーがいない創設初期には,育児を始めとするコロニー維持のためにエネルギーを投資し,繁殖にはあまり力を入れることはできません。しかし,ワーカーが増えてくると,育児等はワーカーが行ってくれる上に,栄養もワーカーから効率的に得ることができるため,自分で木材を食べる必要もなくなります。その結果,繁殖を活発に行うことができ,巨大なコロニーを維持・拡大させていくことができると考えられます。
以上の研究は,高度な社会生活を営むシロアリにおいて,「どのようにして繁殖上の分業が成立したのか」を明らかにする上で,重要な示唆を与えています。[嶋田敬介,2010年3月18日]
<参考文献>
Shimada K and Maekawa K, 2010. Journal of Insect Physiology, 56: 1118-1124.

図1.コロニーの創設から400日後(ワーカー期II)のヤマトシロアリのコロニー。この時期には、コロニーを構成する個体数はおよそ100匹に達する。

図2.コロニーの発達に伴う繁殖形質(A: 女王の卵巣, C: 王の精巣)と内源性セルラーゼ遺伝子の発現量(B: 女王, D: 王)の変化。遺伝子の発現量は、ワーカーを1とした時の相対値で示す。コロニー創設前の有翅虫では、繁殖形質は発達せず、木材摂食能力も低い。ワーカー期IIの一次生殖虫や,野外の成熟コロニーの二次生殖虫は、繁殖形質が顕著に発達する一方で、木材の摂食能力は著しく減少する。

図3.コロニーの創設から100日後(ワーカー期I)の一次生殖虫の卵巣(A)と精巣(C)の写真。この時期は、卵巣と精巣の発達はほとんど見られない。しかし、400日後(ワーカー期II)になると卵巣と精巣が顕著に発達する(B, D)。黒の矢尻で示してあるのは、発達している卵母細胞。スケールバーは0.1mm。